六法全書クロニクル ~改正史記~ 平成17年版

平成17年版六法全書

平成17年六法全書

この年の六法全書に新収録された法令に、

武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律
(平成16年法律第112号)

があります。通称、「国民保護法」といいます。

米国での同時多発テロや北朝鮮による弾道ミサイル発射等によって、
我が国の安全保障に対する国民の関心が高まるとともに、
大量破壊兵器の拡散や国際テロ組織の存在が重大な脅威となっています。

そのような状況下、この法律は、
武力攻撃を受けた場合や大規模なテロなどの緊急事態が発生した場合に、
これらの事態から国民の生命、身体、財産を守り、また国民の生活や経済に与える影響を少なくするために、国、都道府県、区市町村などが担う役割や避難・救援などの具体的措置について定めた法律です。

対象となるのは、< 武力攻撃事態 > と < 緊急対処事態 >です。

 

武力攻撃事態として、以下の4つの類型が想定されています。
①着上陸侵攻
②ゲリラ・特殊部隊による攻撃
③弾道ミサイル攻撃
④航空攻撃

緊急対処事態とは、具体的に
「武力攻撃に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する事態」を指し、例えば
・石油コンビナート施設等に対する攻撃
・大規模集客施設やターミナル駅等に対する攻撃
・核物質入り爆弾等による放射能の拡散等
・航空機などによる自爆テロ
などが想定されているようです。

 

想定されている緊急事態を見ていると、
こんなにいろいろな危機が起こり得るんだなと、
改めて怖くなってしまいますね。

そして、そんな事態が起きた時の国民の保護のための措置は、大きく、
①避難
②救援
③武力攻撃災害への対処
の3つから構成されています。

一つずつ中身を見てみましょう。

 

①避難
武力攻撃事態等が迫った場合は、まず国が情報を収集・分析して、対策本部長(内閣総理大臣)が国民に警報を発令し、住民の避難が必要なときは、都道府県知事に避難措置を指示します。
これを受け、都道府県知事は、警報の通知や避難指示をおこないます。
さらにこれを受けて、市町村長は防災行政無線等を通じて住民に情報を伝達し、避難住民の誘導をおこないます。
②救援に関する措置
救援は、住民が避難した後の避難先における生活を支援するための活動としておこなうものです。避難住民等に対する宿泊場所や食品、医薬品などの提供や、安否情報の収集・提供をおこないます。
対策本部長が都道府県知事に救援を指示し、指示を受けた都道府県知事が市町村や日本赤十字社と協力して救援を実施します。
③武力攻撃災害への対処に関する措置
武力攻撃災害による被害を最小化するための措置です。
消火や被災者の救助などの消防活動、
ダムや発電所などの施設の警備、
化学物質などによる汚染の拡大を防止、
住民が危険な場所に入らないよう警戒区域を設定
などがおこなわれます。
国は、自ら必要な措置を講じたり、地方公共団体と協力して措置を実施したりします。都道府県や市町村も、必要な措置を実施します。

 

国民保護法は、いわゆる有事法制の個別法の一つです。
その内容については賛否両論あり、成立の過程では反対運動もあったようです。

しかし、少なくとも、昨今の新型コロナ感染拡大のように、
それまで想像もしていなかったことが、ある日突然現実になるのが世の中です。
緊急事態に備えておくことは、絶対に必要だと強く感じます。

「有事なんて縁起でもない」「それについて議論することすらタブーだ」
という態度ではなくて、しっかり問題に向き合って、どう対処するかを考えておく姿勢が必要ではないでしょうか。

その出発点として、まずは、有事法制として何が決められているのか、
きちんと知っておきたいと思います。
(参考:内閣官房国民保護ポータルサイト

 

◇ ◇ ◇

 

改正された法令として収録されたものに、
行政事件訴訟法(昭和37年法律第139号)があります。

行政事件訴訟とは、ものすごくざっくり説明すると、
国民が、行政の活動に対して不服があるときに、裁判所にその不服を聞いてジャッジしてもらうという制度です。

行政事件訴訟法の改正は、司法制度改革の一環としておこなわれたもので、
柱は次の4つでした。

①行政訴訟をより利用しやすく分かりやすくするための仕組み
②救済範囲の拡大
③審理の充実・促進
④本案判決前における仮の救済制度の整備

それぞれ具体的な中身も見てみましょう。

 


①行政訴訟をより利用しやすく分かりやすくするための仕組み
出訴期間等の情報提供制度の新設
(訴訟を提起することができる処分等をする場合には、行政庁は、相手方に、いつまでに訴えを起こさなければならないか等の情報を提供しなければならなくなった。)

出訴期間の延長
(処分等があったことを知った日から3か月以内に訴えを起こさなければならなかったところ、6か月に延長された。)


②救済範囲の拡大
取消訴訟における原告適格の拡大
(原告適格とは、ものすごくざっくり説明すると、訴えを起こす資格があること。
行政処分等の名宛人ではない人でも、訴えを起こすことが認められやすくなった。)

義務付け訴訟・差止訴訟を法定、確認訴訟を明示
(そのような類型の訴訟が認められるかどうか議論になっていたものが、法律に明記された。)


③審理の充実・促進
釈明処分の規定を新設
(執行停止は、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に限り許容されていたところ、「回復の困難な損害」が「重大な損害」に改められた。)


④本案判決前における仮の救済制度の整備
執行停止の要件の緩和
(執行停止は、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に限り許容されていたところ、「回復の困難な損害」が「重大な損害」に改められた。)

仮の義務付け、仮の差止めの制度の新設
(本案判決の前に、仮に行政庁がその処分等をすべき旨を命ずることや、仮に行政庁がその処分等をしてはならないことを命ずることができるようになった。)


・・・などがあります。なかなか、盛りだくさんですね。

行政を相手に個人で戦うとなると、
情報量や専門的知識の面で、圧倒的に行政が有利です。


(ちなみに、平成30年度の司法統計年報によると、

民事訴訟(金銭を目的とする訴え)では、
認容判決:棄却又は却下判決=4:1
であるのに対し、

行政訴訟では、
認容判決:棄却又は却下判決=1:7

と、認容判決の割合がとても低くなっていることが分かります。)

とはいえ、個人の側がやられっ放しにならないよう、
諦めて泣き寝入りをしてしまわないよう、こういう制度があるんですね。

行政を相手に不服をいうには、
〇行政自身に対して不服を申し立てる方法
〇裁判所に対して不服を申し立てる方法
大きく分けて二つがあります。

どちらも一長一短がありますが・・・
やはり、最終的に公正な判断をしてくれるのは裁判所ではないでしょうか。
国や地方公共団体、いわゆる「お上」が相手だからといって、最初から諦めてしまうことなく、正々堂々と不服を申し出て、どちらが正しいか判断してもらう、その積み重ねが、この国全体を良くしていくのだと信じます。

法律古書を探してみた-六法全書 復刊版編-

タイラカ総合法律事務所には、法律古書のギャラリーがございます。

タイラカ総合法律事務所HP・ギャラリーについて

 

様々な時代の、様々な法に関する書籍を収集していますが
そのなかでも、

有斐閣の出版する六法全書をすべて揃えること

を、大きな目標としております。

 

これまでもコツコツと六法全書の収集に励んでまいりましたが、
この度、新たに昭和23年発行のものが加わりました!

こちらの記事でもふれましたが、

1901年に『帝國六法全書』を刊行。昭和になってから刊行を中断したが、1948年に、創業70周年事業として『六法全書』の刊行を再開した。
Wikipediaより)

とありますように、六法全書の始まりは1901年に刊行された「帝國六法全書」のようです。しかし、恐らく戦争で刊行を続けるのが難しくなってしまったのでしょう。
戦後、1948年(昭和23年)復刊の折には、新しい時代に向かっていく日本と共に、六法全書も新たな再スタートを切ったのですね。
今回入手した昭和23年発行版は、今日我々がお世話になっているそんな六法全書の再開時の「初代」といえるものです。

ちなみに、元祖の「帝國六法全書」も弊所ギャラリーに蔵書がございます。
1908(明治41)年に発行されたもので、戦前の貴重な一冊です。

現在の六法よりもかなり小さい、手のひらサイズです。

この頃は「●●年版」といった年次の発行ではなく、訂正や改訂を重ねていたよう。
弊所ギャラリーの蔵書は「訂正増補改版15版」。編纂者の熱意が伺える数字です。

 

少し話がそれましたが、昭和23年の六法全書がこちら。

時代を乗り越えてきた感がありますね。

 

表紙には凹凸をつけた印刷で「六法全書」と書かれており、
(うっすら見えますでしょうか?)

 

中表紙には「創業七十周年記念出版」との文字が。

この一冊が「はじまり」だと思うと、何だか感慨深いものがあります。

 

ちなみに・・・
弊所ブログでは、年毎に制定・改定された法律についてもご紹介しています。

六法全書クロニクルシリーズ

昭和23年版についても追ってアップされる予定ですので、
ぜひそちらをお楽しみに。

 

◇ ◇ ◇

 

創業70周年という節目に、何か他のこともおこなっていそう…
そう思い調べてみたところ、現在の社章が制定されたのもこのタイミングでした。

現在の社章は創業70周年に制定されました。獣の王といわれる獅子と,鳥の王といわれる鷲を題材にしたもので,それは,社会科学から,やがては人文科学と自然科学の両分野における最高の権威ある書物を出版の目標としよう,といった意味が含まれております。さらに,獅子には赤色,鷲には青色を配し,それは動脈と静脈をあらわしており,静かな中にも動的なもの,動的な中にも静かなもの,両者の融合と活動によって生々脈々の発展を意図したものでもあります。
有斐閣HPより)

 

社章に使われている獅子と鷲ですが、なんとゆるキャラ化もされています…!

 

有斐閣が出版している、

判例の読み方 — シッシー&ワッシーと学ぶ
(青木人志 (一橋大学教授)/著)

という書籍の登場キャラなのですが、なんと社員さんの落書きをもとにデザインされたのだそうです。素敵なアイデアですよね!

なんとも言えない表情とポージング、個人的には非常に好きです。
グッズがあったら思わず買ってしまそう!

このゆるキャラ、当時かなり話題になったそうですが、有斐閣のような歴史ある企業がこうした遊び心をもち、利用者を楽しませてくれるなんて、とても素晴らしいことだと思います。

実際のシッシー&ワッシーの姿をぜひチェックしてみてください。
私も読んでみようと思います!

 

◇ ◇ ◇

 

というわけで、無事に創刊版は入手できたわけですが
実は抜けてしまっている年度がいくつかあります。

以前書店で教えていただいたように、
六法全書は法律古書のなかでも流通が少ないという事情があります。

これまでなかなか蔵書に加えることができなかった年度版もありましたが、それぞれ良いタイミングやご縁でめぐり会っていますので、また次も気長に待とうと思います。