六法全書クロニクル~改正史記~平成11年版

平成11年六法全書

平成11年版六法全書

 

この年の六法全書に新収録された法令に、
種苗法(しゅびょうほう、平成10年法律第83号)
があります。

1991年に改正された植物の新品種の保護に関する国際条約(略称:UPOV条約)を踏まえて、旧種苗法 (農産種苗法、昭和22年法律第115号)を全部改正する形で制定されました。

近年、日本で開発されたイチゴやブドウ、サツマイモなどのブランド品種が海外に流出し、無断栽培され流通していることが問題となっています。
ニュースで流れたりと、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、この問題に関連して種苗法を取り上げてみたいと思います。

まずは、どんなことを定めた法律なのか、見ていきましょう。


種苗法は、一言で言えば、農作物などの種苗の開発者の権利を守る法律です。
開発者の権利を守ることにより、新品種の開発を促進し、農業の発展に寄与することを目的としています。

今までにない新しい品種を開発した場合、その品種の開発者は、品種登録をすることができます。
品種登録すると、知的財産権である「育成者権」が発生し、育成者権者は、一定期間に限り、新品種の種苗を販売する権利を独占することができます。
いわば、農産物に関する特許権や実用新案権のようなものです。

育成者権の保護期間は、
品種登録後、最長25年間(果樹等の木本は最長30年間)です。
(期間経過後は、一般品種となり、誰でも自由に使うことができます。)

登録品種の保護のための措置として、以下の規定がされています。

【民事上の措置】
• 育成者権が侵害された種苗や収穫物等の流通の差止め
• 育成者権の侵害によって発生した損害の賠償請求

【刑事罰】
• 個人:10年以下の懲役、1千万円以下の罰金(併科可能)
• 法人:3億円以下の罰金

しかし、改正前の種苗法では、正規に販売された後の登録品種の海外への持ち出しは違法ではなかったため、日本の登録品種が海外に流出し、海外が産地化して、本家である日本の農産物の輸出が阻害されるような事態が生じていました。

 

代表的なのが、高級ブドウ「シャインマスカット」です。
甘みが強く、食味が優れ、皮ごと食べられる大粒の果実が人気で、
もともとは国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が2006年に品種登録したものです。農研機構が交配等を始めたのは1998年で、18年かけて開発した品種でした。

これが、中国や韓国へ流出し、無断で栽培されて、中国や韓国国内で流通しているばかりか、国外へも輸出されていることが確認されています。
シャインマスカットは、日本から東南アジアなどへ輸出されているのですが、
日本産に比べて安価な中国・韓国産のものが出回り、輸出拡大の阻害要因になっているのです。

このようなことは、日本の農業関係者の長い間の努力に「ただ乗り」する行為であって、日本の付加価値の高い農業の力を弱めることになります。
そこで、このような事態を防止するため、政府が対策に乗り出し、種苗法が改正されることとなったのです(2020年12月2日成立)。

 

主な改正内容は、以下となります。

①輸出先国又は国内栽培地域を指定できるようにする
②育成者権者が利用条件(国内利用限定、国内栽培地域限定)を付した場合は、利用条件に反した行為を制限できることとする
③登録品種には、登録品種であること、利用制限を行った場合はその旨の表示を義務付ける
④登録品種については、自家増殖にも育成者権者の許諾を必要とする

この法改正には、懸念の声もありました。
特に、上記④の自家増殖(正規に新品種を購入した農家が収穫物から種子を採取して翌シーズンの作付けをすること)については、これまでは許諾は不要だったため、農家の負担が増えるとの不安の声があります。

これについて、農水省は、

○自家増殖を行っている農業者から海外に流出した事例があり、増殖の実態を開発者が把握する必要があること
○許諾手続は、団体等がまとめて行うことも可能であるし、ひな形を配布するため、過度に事務負担が増加することは想定されない

などと説明して、理解を求めています。

 

せっかく苦労して開発したブランド品種が、「ただ乗り」されるのは、やっぱりもったいないですよね。
開発者の権利を守ることが、品種開発のインセンティブとなり、消費者にとっても利益になると思われますので、きちんと開発者の権利が守られるようにしてほしいなと思います。

一方で、それを栽培しようとする農家に過度の負担がかかってしまうと、栽培が広がらず、人気も出ず、結局は開発者にも消費者にもマイナスになってしまうと思います。
なにごともそうですが、バランスが大切ですね。
今後も、法改正を繰り返して、「よい加減」を探っていく必要があるのかもしれません。

【参考:農林水産省HP

 

◇ ◇ ◇

 

改正された法令として収録されたものに、
地方自治法(昭和22年4月17日法律第67号)
があります。

平成10年の改正では、以下の点が変更されました。

○特別区を「基礎的な地方公共団体」として位置付け
○特別区の自主性・自立性の強化
○都から特別区への事務の移譲(清掃事務等)

この「特別区」についてはご存知でしょうか?

特別区(とくべつく)は、日本の地方公共団体の一種です。
制度創設当初から現在(2021年1月)まで、東京都区部である東京23区のみとなっています。
(ただし、2013年の法改正により、東京都以外の道府県であっても、
「人口250万人以上の政令市、または政令市と同一道府県内の隣接市町村の人口の合計が200万人以上」
ならば特別区に移行することができるようになっています。)

このような特別区制度の特殊性は、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)に
東京府と旧東京市が、戦時法令である旧東京都制の施行に伴って合併し、
東京都が設置されるに至ったことに起因しています。

権限は、基本的には「市町村」に準ずるものとされ、「市」の所掌する行政事務に準じた行政権限が付与されています。
しかし特別区は、「法律または政令により都が所掌すべきと定められた事務」および「市町村が処理するものとされている事務のうち、人口が高度に集中する大都市地域における行政の一体性及び統一性の確保の観点から当該区域を通じて都が一体的に処理することが必要であると認められる事務」を処理することができません。

具体的には、特別区は上下水道・消防などの事務に関しては単独で行うことができず、「都」が、東京都水道局、東京都下水道局、東京消防庁などを設置しておこなっています。
また都市計画や建築確認についても、一定規模以上のものについては、都が直接事務をおこなっています。

今回の改正までは、清掃事業も都の業務とされており、東京都の行政機関である「東京都清掃局」がこの地域の清掃事務を統一的におこなっていたのが、各特別区および東京二十三区清掃一部事務組合に移管されました。

 特別区は、制度創設から長らく、東京都の「内部的団体」と位置付けられ、日本国憲法93条2項の「地方公共団体」に当たらないと解されてきました。
地方自治法の制定時には「基礎的自治体」と位置付けられましたが、従来から都が処理していた事務の多くは引き続き都がおこなうこととされていました。
1952年の法改正によって再び「都の内部機関」に改められ、特別区の自治権は大幅に制限され、
さらに今回の法改正で、「基礎的自治体」としての地位を回復しました。
このような歴史的な経過があり、その地位や権能は、今後も法律によって左右される可能性があることから、日本国憲法において地方自治権を保障されている市町村とは、比べ物にならないほど脆弱だと考えられているそうです。

東京23区が共同で組織する公益財団法人特別区協議会は、
「特別区制度そのものを廃止して普通地方公共団体である「市」(東京○○市)に移行する」という形での完全な地方自治権の獲得を模索しているそうです。

かなり長い間、東京23区に住んでいますが、
こんなふうに、「市」と「特別区」が違っていて、
「特別区」が「市」になりたがっているとは、知りませんでした。
住民として、特に不便を感じたことはなかったのですが、
もしも行政の無駄や非効率が生じているのであれば、
時代の要請に沿うよう、柔軟に変えていってほしいものです。

【参考: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』東京都HP