六法全書クロニクル~改正史記~平成10年版

平成10年版六法全書

平成10年度六法全書

この年の六法全書に新収録された法令に、
臓器の移植に関する法律(平成9年法律第104号)
があります。

臓器移植は、病気や事故により臓器が機能しなくなった人に対して、
他の人の健康な臓器を移植して機能の回復を図る医療です。
一部の疾病に対して、現時点での医学レベルでは臓器移植が唯一の治療法である場合があります。

しかし一方で、臓器移植については、臓器提供者の脳死判定の在り方などに議論があります。脳死を人間の死と認めるかどうか、死生観にもかかわる問題であり、この法律も、制定されるまでに、衆議院で無修正の上可決された法案が参議院で大幅修正されるなど、異例の経過をたどりました。

古来、心停止が人間の死とみなされてきましたが、医学が発達した現代では、
一般に、脳・心臓・肺のすべての機能が停止した場合(三徴候説
と定義されています。

しかし医療技術の発達により、脳幹機能が停止し、
本来ならば心肺機能が停止するはずの状態でも、人工呼吸器によって呼吸が継続され、心臓機能も維持される状態が出現しました。

この状態が、脳死です。

脳死者の中には、自発的に身体を動かす例も見られることや、呼吸があり心臓が動いている、体温が維持されることなどから、脳死を人間の死と認めるかどうか、国や宗教によって賛否は様々です。
我が国では、無機物にも魂が宿っているなどとする文化的背景もあって、脳死という概念の受け入れに特に抵抗が強いとも言われてきました。


この法律が制定される前の我が国では、1979年に「角膜及び腎臓の移植に関する法律」が成立し、心臓停止後の腎臓及び角膜の移植がおこなわれていました。
しかし、心臓や肝臓、肺などの臓器の患者は、移植を希望しても日本では移植を受けることができず、亡くなられていました。移植を受けるためには、海外に渡り、ごく限られた外国人枠として移植を待つほかない状況でした。

1968年には、札幌医科大学の和田寿郎教授によって、世界で30例目の脳死患者からの心臓移植がおこなわれ、移植患者は83日間生存しました。
しかし、患者が亡くなった後、臓器提供者の救命治療が十分におこなわれたかどうか、脳死判定が適切におこなわれたかどうか、本当に移植が必要だったかどうかなど、多くの議論を呼びました(いわゆる和田心臓移植事件)。和田教授に対しては殺人罪で刑事告発もされています(結果は、嫌疑不十分の不起訴処分)。

1984年にも、筑波大学の深尾立教授が脳死判定による膵・腎同時移植を実施しましたが、患者が死亡したことで、執刀医らが殺人罪で刑事告発されました。
このように、日本では脳死臓器提供者からの移植がタブー視され続ける時代が続いていました。

そのような中、移植を待ちながら亡くなっていく患者・遺族の声や、健康なドナーの体にメスを入れる生体移植に頼る現状の是非についての議論が高まり、平成2年、総理府に、臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)が設置され、脳死の定義について議論が始まりました。
そして、2年近くに及ぶ審議のすえ、
「脳死をもって『人の死』とすることについては概ね社会的に受容され合意されているといってよいものと思われる」
とした上で、一定の条件の下に脳死体からの臓器移植を認める内容の最終答申が提出されたのです。

この答申を受けて、各党・各会派の代表者からなる協議会の場で検討・協議が進められ、様々な修正を重ねて成立したのが、臓器の移植に関する法律です。


この法律では、6条1項で、
「医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。」
と規定しています。

つまり、

死亡した人が、臓器移植の意思を生前に書面(「臓器提供意思表示カード」など)で表示していて、遺族が拒まない場合に限り、「死体」からその臓器を摘出できる

と規定し、

「死体」には「脳死した者の身体」も含まれる

とすることで、脳死下での臓器提供が可能となりました。

 

法律的には、脳死=死と扱うことで、脳死の段階で「人」ではなくなり、刑法199条の殺人罪「人を殺した者」には該当しないこととなります。
残る問題として、死体から臓器を取り出すことは、外形的には刑法190条の死体損壊罪を構成しますが、この法律に基づき臓器移植をする時には、法令行為(※)として、違法性がないものとして扱われることになります。(※刑法35条に、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」との規定があります。)

この法律によって、法的脳死判定後に、その人の心臓、肺、肝臓、腎臓、小腸、眼球などの臓器を摘出して、移植を必要とする患者に移植することができるようになりました。


しかし、この法律が1997年10月に施行されてからも、国内での臓器移植は年間数例(具体的には、法律施行から2008年7月末までに、72名の方から臓器提供があり、298名の患者が移植を受けた)にとどまっていました(日本移植学会広報委員会編「脳死臓器提供Q&A」)。
そのため、移植が必要な患者は
生体移植や海外で移植を受ける「渡航移植」に頼らざるをえなかったのです。

その原因は、この法律が、
●本人が生前、臓器提供の意思を書面で示す必要がある
●有効な意思表示をするには、15歳以上でなければならない
という厳格な要件を求めていたからでした。

渡航移植に頼ると言っても、
世界のどの国においても臓器の提供は足りていません。
2008年の国際移植学会で「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」という主旨のイスタンブール宣言が出されたことで、この法律を改正する機運が高まり、2010年7月17日、「改正臓器移植法」が施行されています。

改正法では、脳死での臓器提供について、本人が生前に拒否の意志を示していなければ、家族の同意があれば、脳死の方からの臓器提供が可能になりました。
その結果、15歳未満の子どもからも脳死臓器提供が可能になりました。
免許証・保険証の裏に意思表示欄ができたのも、改正法からです。

そして現在、公益社団法人日本臓器移植ネットワークによると、日本で臓器の移植を希望して待機している方はおよそ14,000人おられ、それに対して移植を受けられる方は年間およそ400人とのことです。


自分が脳死になったら。
家族が脳死になったら。
「縁起でもない」と、考えることさえタブー視してしまうかもしれません。
でも、反対に
自分が移植を必要とする体になったら。
家族が移植を必要とする体になったら。
そんな事態だって、絶対にないとは言い切れない世の中です。

少しだけ、「自分ごと」として、考えてみてはいかがでしょうか。

【参考:一般社団法人日本移植学会HP

 

 

◇ ◇ ◇

 

改正された法令として収録されたものに、
酒税法(昭和28年法律第6号)
があります。

平成9年の改正では、
焼酎の税率が引き上げられています。

これは、我が国では、同じ蒸留酒でありながら、ウイスキーの税率が焼酎の税率に比べて高率であったところ、平成7年、焼酎の低い税率が関税及び貿易に関する一般協定(GATT)に違反しているとして、EU、アメリカ、イギリス及びカナダから世界貿易機関(WTO)に提訴され、その結果、日本に対する是正勧告が出されたことを受けたものです。

酒税は、酒類に対して課せられる租税ですが、その歴史は古く、室町時代に足利義満が造酒屋に税を課したことに始まると言われています。明治以降、地租とともに政府の大きな財源となり、一次は国税収入の中で首位となったこともありました。

その後、直接税のウエイトが高まり、令和2年度の酒税収入は11,430億円、税収全体に対する構成比は2.0%です。
割合としては減少していますが、安定した税収が見込まれることから、現在でもその税収上の重要性は無視できないとされています。

酒税法上の「酒類」とは、アルコール分1度以上の飲料とされています。
また、その製造方法の違いにより、

①発泡性酒類(ビール、発泡酒、その他の発泡酒類)
②醸造酒類(清酒、果実酒、その他の醸造酒)
③蒸留酒類(連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎、ウイスキー、ブランデー、原料用アルコール、スピリッツ)
④混成酒類(合成清酒、みりん、甘味果実酒、リキュール、粉末酒、雑酒)

の四つに分類されます。
そして、種類、品目、アルコール分等により税率が異なっています。
有名なのが、ビール、発泡酒、いわゆる新ジャンル(第3のビール、とも)で、税率が異なっていることですよね。

ちなみに、2026年10月にはこの区分がなくなる予定で、現在、ビールの税額が段階的に引き下げられ、発泡酒及び新ジャンルの税率が段階的に引き上げられています。

2021年3月現在、1キロリットル当たりの税率は、
ビールが200,000円
発泡酒が134,250円~200,000円(麦芽比率及びアルコール分により異なる)
いわゆる新ジャンルが108,000円
とのこと。

国民生活に密着したものだけに、影響が過度なものにならないよう、徐々に徐々に変更がおこなわれているようです。

そのせいなのでしょうか、
酒税って、割りあい頻繁に、変わっている気がしませんか?

法改正自体は、今回取り上げた平成9年の改正以降、平成10年、平成12年、平成15年(4月・7月・9月の3回)、平成18年、平成29年、平成30年におこなわれていますが、それより頻繁に、「酒税が変わった」というニュースや、売り場のポスターを見かけるような気がします。

酒税については、税収の確保だけでなく、最初に述べたように国際通商問題や、あるいは酒類の販売価格に影響を及ぼすことで酒類の消費量を引き下げて飲酒の負の側面を緩和する、などの観点も考慮する必要があります。
消費者としては、税率が低ければ低いほどうれしいですが、そういうわけにもいかないようですね。

酒類の国内市場は、長中期的に縮小してきている上に、昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大によっても、飲食店を中心に消費が一段と減少しているとのこと。
国税庁としては、商品の差別化・高付加価値化や、海外市場の開拓(輸出促進)などに取り組んでいくそうです。

「SAKE」は日本文化の一つでもあると思います。
現在の状況下、他の業種以上に大変なことも多いのではないかと推察しますが、
是非乗り越えてほしい、つなげてほしいと思います。

【参考:国税庁課税部酒税課・輸出促進室「令和3年3月酒のしおり」