ひまわり観察日記-2018-③

関東近郊はついに梅雨明けしましたね…!
ジリジリとした暑さがつづいております。
熱中症にならないよう、夏バテしないよう、
気を付けながら夏を満喫したいものです。
といいつつ、まずは迫りくる台風を乗り越えたいと思います☂

 

さて、前回の観察日記では発芽のご報告でしたが、

今回は、

なんと、



『まいた種がすべて発芽しました』のご報告です!!
(パチパチ👏)
日々に追われていたところ、いつの間にか
2つの植木鉢にそれぞれ、3つずつ葉が育ってきました!

これで発芽率100%になりました。わーい!
種まきからスタートしたこともあり、喜びもひとしお。

 

あとはすくすく成長するのを見守りつつ、
キレイな花が咲くのを待つばかりです🌻

このペースでいくと、
8月頃には満開のひまわりを楽しむことができるのではないでしょうか!

 

また変化があれば記録していきたいと思います。
以上、発芽100%達成のご報告でした。

チームラボ『Borderless』に行ってきました!

皆さん、こちら⇩の施設をご存知ですか?

『MORI Building DIGITAL ART MUSEUM:
EPSON teamLab Borderless』

そう、あのチームラボによる新しいエキシビジョンなのです。
このミュージアム、一体どういうものかというと
森ビルと共同で運営される、チームラボ初の常設展なんだそうです。

“Borderless”のコンセプトのもとに、「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」は、世界に類を見ない全く新しいミュージアムであり、チームラボによる全く新しい体験を創る世界となります。広さ10,000㎡という圧倒的な広さをもった巨大空間は、5つの世界で構成され、世界初公開作品を含む約50作品を展示します。

展示作品は他の作品との境界がなく、部屋から出て通路を移動しはじめ、他の作品とコミュニケーションし、時には他の作品と融合します。また、作品と鑑賞者との境界もないため、人々はこの世界に没入し、さらには、自分と他者との境界すら連続的なものになっていくでしょう。境界のないアートでできた本施設は、自らの身体を使って探索しながら、他者と共に新しい体験を創り出していく、世界に類を見ない全く新しい世界となります。

森ビルとチームラボがタッグを組み、世界に類のないミュージアムを創り出すことで、2020年そしてその先に向けて、国際都市・東京の磁力向上に貢献します。(チームラボHPより)

 

ホームページを見ているだけでワクワク。
6月21日にオープンしたこちら、
先日タイラカのメンバーで行ってまいりました!

場所はお台場パレットタウン。あの巨大観覧車のすぐ足元です。

***

入口を進んで最初に見ることができるのが『Borderless World』。

床から壁までの一面に、カラフルな草花が映っています。
ライトや鏡がたくさん使われていて、とっても幻想的。
綺麗すぎて、もはやどこを写真に収めたらよいのかわかりません…

更に進んでいくと、『人々のために岩に憑依する滝』が。
SNSなどで見かけた方も多いのではないでしょうか。

(ぴったりなポージングをしている方が…!)

本当に水が流れているような、不思議な光でした。
様々な種類の花が、かわるがわる咲くのですが
その花の色で雰囲気が全く変わるのも見どころです。

 

ずーっと見ていられそうです。

 

 

次に向かったのは『ランプの森』。

 

鏡張りの空間に沢山のランプがかかっていて、
次から次へ、色を変えて光っていきます。

 

 

これがとてもとても美しい空間で、
(個人的にとてもお気に入りでした)
その場にいる皆が感嘆の声をあげていました。

ここもまた、
どこの写真を撮ったら良いか、思わず悩んでしまいました。
(ここに載せる分を選ぶのも難しい…どの写真も素敵なんです…)

ここは外から見るとマジックミラーになっているので
自分が体験していないときでも、外から様子が楽しめるようになっていました。

 

 

次の場所では、天井からLEDが吊り下げられていました。

 

こちらはなんと、アプリと光が連動する仕組み。
『自分が選択した漢字にあったライティングを見ることができる』
というものでした。

ちなみにこちら⇧は『雨』。
音も流れながら光が走り、とっても綺麗でした。

 

***

 

階段を上ると、『運動の森』というアスレチック空間があります。

宇宙の上を跳ねるトランポリン、
光る森のボルダリングや、
すべるとフルーツが実るすべり台があったり、

はたまた沢山の風船が浮かんでいたり、

様々なアクティビティがありました。

特にトランポリンは、
全員全力でトライした結果ヘトヘトに…

 

そして、チームラボといえばこれではないでしょうか!

自分がぬりえした動物が、プロジェクションマッピングとして動くというもの。

 

はい、もちろん我々も参加しました。
タイラカメンバーによる作品たちはこちら⇩

弊所代表・作

よく見ると、羽根にタイラカロゴが!

 

スタッフその1・作

自身が描いたものと一緒に、沢山のお花が足元に咲きました。

 

スタッフその2・作

カラフルなワニ。なんだか手足がかわいいです。

 

スタッフその3・作

牛が好きなので牛柄のワニにしてみました。

 

これは個性が出てかなり面白いです。
友達同士でも傑作が生まれそうですね!

 

実は海の生き物ver.も。

これも色々な生き物が泳いでいて賑やかでした。



というわけで、約1時間みっちり堪能いたしました。

なんと延床面積10,000平米とのこと。
どうりで沢山歩いた気がするわけです…!

全体を通して思うのは、とにかく“美しい!”ということ。
どのエリアへ行っても幻想的で、何だか映画を見ているような感覚でした。

最後に記念の一枚。

新しい感覚づくしの時間でした!

お近くにいかれた際はもちろんのこと、
ぜひお台場まで足を運んでみてはいかがでしょうか。

平日も結構遅くまでオープンしているみたいなので、
お仕事帰りでも遊びに行けそうです。
ただし、アクテビティや鏡張りの床がありますので
スカートの方は要注意です!!

公式サイトにも、素敵な写真がたくさん載っています。
私のブログ力ではお伝えしきれない美しさを、
ぜひご覧になってみて下さい!

ひまわり観察日記-2018-②

ついに全国的に梅雨入りしてしまいました…☂
今年は各地、例年より数日早い梅雨入りのようです。
雨も大切ですが、カラッとした晴れが待ち遠しいですね!

 

そんな湿っぽい天気の中、ちょっとうれしいご報告です。

 

先日種まきした弊所のミニひまわり、やっと芽がでてきました!

 

実は数日前にすでに発見しており、
『わーい!ブログに書かなきゃ!』なんて思っていた矢先…

 

 

今朝、もうひとつ芽が出てきたのを発見。
(奥にちらっと葉っぱがあります)

 

今のことろ、6粒まいて2つ発芽という結果。
初心者にしてはまずまずではないしょうか。

しかし↑こちらの写真、
2つある植木鉢のうち片方だけなのです。

もう片方にも、ぜひ発芽していただきたい…!
そして双葉が四葉になる姿を眺めたい…!!
最終的には可愛い花を……!!

私も頑張って応援?していきたいと思います🌻
(もちろん本業も)

 

以上、タイラカひまわりの進捗ご報告でした。
夏本番に向けて、まだまだ続きます!

ひまわり観察日記-2018-①

もうすっかり初夏の陽気を感じる季節になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

日に日に夏の訪れを感じるなか、
(その前に梅雨を頑張って乗り越えたいところ…)
タイラカ総合法律事務所・夏の風物詩ともいえる、
ひまわりの種まきをいたしました🌻

タイラカHPをご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、
昨夏は可愛いミニひまわりが咲き、事務所に華やかさを添えてくれました。

今年もまた、可愛いひまわりと夏を過ごしたい!

ということで、日頃ガーデニング等を嗜まない系女子のわたくし、
頑張って種をまいてみました!!

 

いざ!

ここでミニひまわりをちょこっとご紹介。
タイラカで育てている「小夏」は、丈が25cm程のコンパクトな品種です。
温暖地(東京)だと4月中旬~6月中旬がまきどきで、
2か月ほどすれば花が咲くのを楽しめるよう。

大きくて迫力満点のひまわりも素敵ですが、
室内で気軽に身近に楽しめるというのも、なんだか嬉しいですよね。

さて、用意するのはコチラ。

・培養土
・鉢底石
・植木鉢
・シャベル
・やる気!(手袋もあると尚良し!)

手順は、
<鉢底石をしく→土を入れる→種をまく→土をかぶせる>
たったこれだけ。私でも出来そうで一安心。

ここからはスピーディーです。どんどん入れていきます。

 

さて、種をまこうかとその時。

種が青い・・・!
まさか変色してしまったとか・・・?

 

と、焦りましたが
実はこれ「キャプタン」という殺菌剤なのだそうです。
ひわまりを病気から守るためのもので、誤食防止に青く色付けしているとこと。
なるほど、そういうことなんですね。どうりで奇抜な色だ・・・

種にも無事土の中へおさまっていただき、種まきは完了!

自分で植えてみると、咲くのもより一層楽しみです。
また成長が見られたらご報告したいと思います🌻

いきなり企業法! <2-1.株式会社とは>

第2回は株式会社について、いきなり!解説していきたい。

……と、その前に。会社も人と同じく生まれてから死ぬまで色々あって、それぞれの人生があるのだ、とは言いすぎかもしれないが、人の一生のように生まれてから死ぬまで、法律によって決められた様々な手続がある。今回は、まずその話から始めたい。
そんな導入っぽい話から始めることで“いきなり感”がやや薄まるが、そこは気にせず進めよう。


-人の一生、会社の一生

人は出生により権利能力を獲得し(民法3条1項「私権の享有は、出生に始まる。」)、出生届を提出して戸籍に記載される。成長し、結婚して新しい戸籍を二人で作ったり、また離婚して親の戸籍に戻ったり、そんなことを経験する人もいるだろう。
なお、成人するまでの間は行為能力が制限される(民法5条1項「未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。」同条2項「前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。」)。子どもが勝手に契約してきたとしても、親(法定代理人)が契約を解除することができるのである。
そんなこんなで、最後は死亡届を提出し、その人の人生が終わる。

これに対して会社の出生は、設立の登記が完了したときである(会社法49条「株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。」)。人でいう戸籍は、会社における登記と考えてよいだろう。登記が完了することで株式会社として成立し、前回解説したとおり、法人格が与えられて権利義務の主体となれるようになる。事業をおこなう中で分割や合併、M&Aをおこなえば二つの会社が一つとなり、一方の会社の法人格は消滅してその登記も抹消される。代表者が交代して長く長く続く会社もあれば、解散、清算の登記をしてそこで“おしまい”となる会社もある。

 

-設立中の法律関係、権利能力

さて、上で述べたとおり、人は出生により権利能力を獲得する。そのため胎児は権利能力を有さないものとされるが、相続と遺贈、損害賠償請求に限り権利能力が認められている。

たとえば、お母さんのお腹の中に赤ちゃんがいて、そのお父さんが交通事故で突然亡くなったとする。この場合、まず相続については民法886条1項に「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」とあるとおり、お腹の中の赤ちゃんはお父さんの財産を相続することができる。しかし同条2項に「前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。」とあるように死産の場合は適用されないため、実際に遺産分割をするのは赤ちゃんが無事に生まれてからの方がよいだろう。次に損害賠償請求については「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。」と民法721条に規定されている。つまり、まだ生まれていなくても、事故の加害者に対して損害賠償請求が可能なのだ。

会社の話に戻そう。
出生前、つまり登記前である設立中の会社は、権利義務の主体となることができないが、設立のためには様々な行為が必要となる。そういった行為は一体誰に帰属するのだろうか。

<企業法から少し逸れるが、基本的人権といえば、「すべての人が生まれながらに持っているものである」というのは、きっと耳にしたこともあるだろう。しかし、行政の手続の上では無戸籍者、すなわち戸籍に記載のない人については「存在しない人」として扱われてしまう。戸籍に記載がなければ住民票もなく、そうなると行政サービスはもちろん義務教育も受けられず、パスポートも取得できず、選挙権もないのだ。国が権利や保護を与えたくとも、法律上それができないのである。いわゆる“無国籍問題”は一刻も早く解消すべき問題のひとつであり、企業法からあまりに離れてしまうためここではあまり深く触れないが、興味があれば調べてみていただきたい。>

法人の権利能力については民法34条により、「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。」と定められている。定款で定めた目的の範囲外の行為によって不利益が生まれたとすれば、会社としてはなかったことにしたいだろう。法的には目的の範囲外の行為については「権利がないってことは無効っぽいし、なかったことにできるんじゃないの」と思いがちだが、そうではない。しかし、この“目的の範囲内”の解釈によってほとんどの行為が認められているというのが実状である。

ここで再び八幡製鉄所事件の判決を参照しよう。

会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。
最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日

このとおり、政治的献金も「定款で定めた目的の範囲内」と解される。
つまり、何でもありといえば何でもありなのである。人にしかおこなうことができない、人にしか認める必要がない権利以外であればほとんどが認められる。

 

-発起人の存在、会社の3つの特徴

株式会社では「発起人」が手続をおこなう。発起人は設立を企画し、設立事務を行い、会社の株式を最低一株は引き受ける。つまり、会社の設立後は株主となり、これを発起設立という。発起人がそのまま代表取締役になることが多いため混同しがちだが、正しくは異なる機関で、設立手続を行うのが発起人、設立後に会社として行為をするのが代表取締役である。発起人が権限の範囲内で行なった行為の効果は当然に設立後の会社に引き継がれる。
権限の範囲内の行為とは、たとえば定款を作ったり、それを公証役場に持って行って認証してもらったり、株式の引受けや払込みをしたり、設立の登記をしたり、などなど、ざっと設立に必要な諸手続ひととおり、といったところである。これらの行為は会社の設立後、会社に帰属することとなるのである。

このように独立した権利義務を認めることを法人性という。これは会社の特徴の一つであり、残り二つの営利性、社団性とセットで覚えていただきたい。

会社法5条において「会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は、商行為とする。」と定められており、会社の行為には営利性が求められる。
さてこの場合、法律で規定されているから営利性があるのか、それとも営利性があるから法律で規定されたのか。これはニワトリが先か卵が先かという非常に哲学的な話のようだがしかし答えはどちらでもよくて、そもそも問い自体の重要度は高くない。こういった条文があるからこそ、会社の特徴の一つに営利性があり、会社というのは利益を追求することを目的とした存在であるということが定められる。重要なのは目的を定めることで、その目的が一つ決まると法律の規制の方針が決まる。会社法の基本原則の一つに「株主利益最大化原則」というものがあり、会社は事業で得た利益を構成員に分配することを目的とされている。ステークホルダーの利害調整の方向性を決めるにあたり、世のため人のため!などと言っていてはキリがない。会社は利益を追求するというその目的に沿ってみんなで調整していきましょう、というのが会社法なのである。

最後に社団性について、現在の会社法においてはほとんど意味をなさない特徴ではあるが、学問上特徴の一つとして決まっているので取りあげておく。

社団とは個人から独立した人の集合体という意味がある。かつては複数人でやらなければ会社が存在する意味がない、一人で事業をするなら会社という法人格は不要なのではないかという話もあり、株式会社は設立時の発起人の人数として7名を要求していた。これが平成2年の法律改正でこの規定は撤廃され、以降、一人でも会社を設立することが認められている。一人なのに社団とは一体……という疑問が浮かぶのは当然であるが、後々人が増える可能性があれば社団性が認められることになっている。一人でいる期間が長く、人を増やす気がないように見える場合は社団性が認められないのかというとそうでもなくて、増える要素があればいつだってそこに社団性はあるのである。
人は一人であっても屋号や芸名、ペンネームを使って活動することもある。そう考えると別人格として会社をひとつ持つことは何ら不自然ではないだろう。

 

-会社の「形態」、どれを選ぶ?

会社の特徴がわかったところでテーマに戻って話を進めよう。会社を設立するにあたり、会社の形態を決めなくてはならない。前回簡単に紹介したとおり、会社法では合名会社、合資会社、合同会社、株式会社の四つを会社として定めている。合同会社と株式会社の実務上の違いは何だろうか。

日本で最も一般的なのは株式会社であるため、なんとなく株式会社が格上というイメージを抱きがちであるが、たとえばAppleや西友は合同会社を選択している。
合同会社の特徴としては、所有と経営が密接である点が挙げられ、社員、株式会社でいうところの株主と代表者が一致している。また、法人が代表社員という株主+代表取締役というような存在になることができるのも特徴の一つで、先に挙げたAppleも西友も、代表社員は会社である。外国法人が日本に会社を作るときによく利用される。

それに対して株式会社の特徴は大きく四つ、
1.所有と経営の分離
2.株主の有限責任
3.株式の譲渡性
4.機関の分化
である。

 

-株式会社の特徴

まず一つ目、所有と経営の分離について。
先ほど合同会社では一致していると説明したが、株式会社においては会社を所有する「株主」と、実際に経営をおこなう「取締役」は別である。日々の経営については取締役が決定するが、会社の基本となる部分や重要なことについては株主総会を開き、株主の多数決によって決められる。規模の小さい会社では取締役が株主であることも多いが、会社法上、分離すべきであることが求められている。構成員(株主)が多くなればなるほど意思決定が難しくなるため、経営は別の人に任せた方がスムーズなのである。とはいえ会社は株主のものなので、大事なところは株主総会を開いて多数決をとるのである。

次に株主の有限責任だが、これは前回触れたとおり、会社の負債を肩代わりするようなことはない、ということである。先ほど説明したように株主が細かい意思決定をすることはなく、また株主が多くなればなるほどみんなが会社の行為について把握することが難しいので、自分の知らないところでおこなわれた会社の行為についてまで無限に責任を負ってしまっては大変だ。

あなたは株式会社タイラカ商店の株をたくさん持っているとしよう。ある日カエルさんのうっかりミスで、タイラカ商店は取引先に損害を出してしまった。その結果、取引先から損害賠償請求され、タイラカ商店はその賠償義務を負うことに……カエルさんから「会社の財産を全部売っても、取引先にお金を払いきれませんでした。だから申し訳ないんだけど、株主であるあなたにもお金を払っていただきたいのです!」と言われたら、いやいや、せっかくお金を出して買った株券をただの紙切れにされた挙げ句お金まで請求されちゃうの!!?と思うだろう。
そんなわけで、株主の責任は有限、リスクは限定されている。

三つ目は株式の譲渡性である。株式については次回以降、詳しく説明するのでここではさらっと軽めにいこう。
ある日あなたは「タイラカ商店に投資したはいいものの、なんだかイマイチでパッとしないや……やっぱり株、いらないな……」と思い、投資を回収しようとする。しかし、タイラカ商店にあなたの株を買い取ってもらうことは、基本的には不可能だ(例外として、株主総会を経てタイラカ商店が自己株取得ということもできなくはないが、要件はかなり厳しいのである。)。そうなると株を現金化するには、他の人に買ってもらうことになる。なお、見知らぬ人が株主になることを避けるため、会社は株式に譲渡制限をつけることも可能だ。

最後は機関の分化。
機関についてもまた次回以降解説するが、会社そのものに意思はないため、「会社」として行為をして会社を動かす人たちがいる。代表取締役、取締役、監査役や会計監査人など様々な役割の人たちがいて、これらを機関と呼ぶ。機関を分けてそれぞれが監視し、牽制しあうことで会社が健全に運営される仕組みになっている。


…と、長くなってきたので一旦ここでおわり。
後半は株式会社の作り方ということで、具体的な設立の仕方について解説したい。

いきなり企業法! <1.はしがきにかえて>

平山が担当した企業法の講義について授業のライブ感を出しつつご紹介しているところだが、平行して読み物形式でもお伝えしたい。これは、法律の初学者、つまりまったく法律を学んだことのない学生に対していきなり企業法を教えていた授業である。
朝の通勤電車で、試験の前に、寝る前にベッドの中で、いつでもどこでもサクサクとお読みいただけるようにまとめていければと思う。
目指せ書籍化!


-「企業」とは何か、「法律」とは何か

企業法の授業を進めるにあたり、そもそも「企業」とは何か、という話からはじめてみたい。漢字だけを見れば、「ぎょう(業)」を「(企)くわだてる」である。説明になっているような、なっていないような…しかし、学問における言葉の定義とは大概においてそんなものである。

シンプルな言葉ほど、日常において意識することなく使うので、敢えてその言葉の「意味」を考えることは少ない。たとえば、「法律って何?」と聞かれたら、「法律は法律でしょ」と返したくなってしまう。辞書で調べてみても「法律とは法規範のこと」と書いてあったりする。これでは説明になってない。さらに、「法規範って何なの?」という話になると、これもまた「法で定められた規範のこと」となってしまう。…ようやく近づいてきた気がする。
そこで、「では、規範とはなにか?」である。「規範とはルールのことである」だと、「規範とは法である」と言っていることが変わらないので、敢えて乱暴な説明をすると、「規範とは常識のこと」である。つまり、「法律」とは「国によって定められた常識」のことである。

ここで「国によって定められた」というフレーズがいきなり出てきたが、国会が「国の唯一の立法機関である」(憲法41条)と憲法に書いてある以上、国(国会)以外が法律を定めること(立法)はできない。「誰が」「何を」「どうした」で考えるならば、「国が」「常識を」「定めた」ものが「法律」である。では、誰の常識なのか、ということについては、みんな(国民)の常識である。多分。

ただし、定められたその時代での常識であったりもするので、時代が変われば常識も変わる。古い常識(法律)も廃止されなければそのまま残っているし、有効である。時代遅れになっても、国が廃止していなければそのまま有効ではあるが、あまりに時代遅れになると、時に、最高裁判所により「違憲」とされることもある。

 

-講学上の概念としての「企業」

この辺りの憲法論等については別の機会に譲るとして…
話を戻すと、「『企業』とは何か」である。様々な考え方があると思うが、ここではひとつの正解として講学上の概念、すなわち法律学を研究する上で用いられる定義を採用することとしよう。それによると企業とは、
①「現代の経済システムの中で、経済活動をおこなう主体」であり、②「計画的・継続的に利益を取得して企業の構成員に分配することを目的とするもの」とされている。ここでも、一つ一つの言葉をひも解いてみたい。

まず、「経済活動をおこなう主体」とはどういったことか。主体というからには、他から独立してものごとの中心となり、何かができていないといけないような気がする。たとえば、道にある自動販売機は、お金を入れれば飲み物が出てくる。これも立派な経済活動である。しかし、自動販売機が主体として何かをしているようには見えない(と、少なくとも私の目からは見える)。飲み物が補充されなければやがて空になってしまうし、お金も、誰かが回収しなければ自動販売機の中に取り残されたままである。主体的に何かができない「物」は、おそらく企業にはなりえない。よって自動販売機自体は企業ではない。きっと、100台自動販売機を並べてみたところで、それだけでは企業とはならない。

では、飲み物を道に並べて売っている「人」がいたとしよう。この人は「企業」と呼べるのか。その人が1日だけ、たまたまその場で1回だけ売っているのであれば「企業」ではなさそうだが、毎日売っていたらその人のことを「企業」と呼びそうである。では、二人で売っていた場合にはどうか。三人の場合には。「タイラカ商店」という看板を出して売っていた場合には。どんどん「企業」っぽくなってくる気がする。人が売っているから「意思」があり、主体性も出てくる気がする。
では、三人で売っていた場合はその人たちが「企業」なのであろうか、三人でまとめて売っていないと企業とは呼べないのか。それとも、同じ「タイラカ商店」という看板を出しながら売っていれば、毎日違う人が交互に売りに来ていても企業と呼べるのか。そうなってくると、もはや売っている人ではなく「タイラカ商店」の方が企業っぽくなってくる。というか、そもそも企業といわれて真っ先にイメージするのは大企業の名前であったりもする。そういった大企業と、道で一人で飲み物を売っている人とは何が違うのか。規模が違う。規模が違うというのならば、どの程度の規模になれば「企業」となるのか。ここで先程の講学上の定義に戻ると、規模の違いについては書かれていない。すると規模とは、企業が企業であるためには重要ではないのかもしれない。

 

-法人格という概念

あることろに「タイラカ商店」という飲み物を売るお店があった。メンバーはウサギさんとカエルさん。ウサギさんは営業を担当し、カエルさんが飲み物の配達を担当している。ある日あなたはウサギさんに飲み物を注文をして、自宅に届けてもらう約束をした。ウサギさんは「カエルさんに届けさせますね。」と言い、お金を受け取って帰っていった。しかし、飲み物は待てど暮らせど一向に届かず、仕方がないのでカエルさんに聞きに行けば「そんな約束はしていません、聞いていません。」と言われてしまった……となると、あなたは非常に困ってしまう。飲み物を飲みたいし、そのためにお金だって払っている。しかし、約束をした相手はウサギさんなので、カエルさんには軽くあしらわれてしまう。そこであなたは、「ウサギさんもカエルさんも同じ『タイラカ商店』でしょ。タイラカ商店が責任を取ってよ!」と、心の中で叫ぶことになる。
そう。タイラカ商店に責任を取ってもらうためには、ウサギさんではなく「タイラカ商店」と約束すればいいのだ。ここで浮かぶのが、「お店と約束ってできるの?」という疑問である。

こんな時に登場するのが、法人格という概念である。お店(企業)として活動をおこない、「お店」が契約をして、権利や義務の帰属主体となる(=権利能力を持つ)には、ウサギさんやカエルさんといった、そこではたらく「人」から独立した人格、つまり法人格(権利能力の帰属主体)という概念が必要となる。この法人格はどんな集団にも認められるものではなく、基本的に、会社法で定められたルールに則って設立された法人にのみ認められるなぜなら、法によって一つの「人格」を作り出すからである。法で認められた瞬間、人格が認められるのだ。
つまり、法律により法人格を認められない限り、それはただの人の集まりであり、それを超えて権利義務の主体となることはできないのである。

つまり、タイラカ商店が法人格を取得していれば、権利の帰属主体となることができ、あなたは「タイラカ商店と契約を結ぶ」ことが可能になるのである。

(「権利能力」や「権利」「義務」といった用語を当たり前に使っているが、次回以降に少し詳しく解説をすることにする。ここでは何となく、言葉の持っていそうな雰囲気を眺めておいていただきたい。)

それでは、タイラカ商店が法人格を取得していなかったとしたら?タイラカ商店はウサギさん、カエルさんたちの「集まり」で、これは単なるグループのことで、組合と呼んだりもする。グループ名が付いていても法人格はない。ゆえに、グループ(組合)というものは、権利能力を持つことができない。権利能力を持たないということは「個人の集合体」であるため、権利や財産は組合員で「共有」されるということになる。たとえば、机を新しく買うときに「タイラカ商店」が主体となって購入するのではなく、ウサギさんとカエルさんが二人で購入し、二人の共有の財産として机を使うのである。実は個人事業主として独立して事業をおこなっている…というパターンもあるが、その場合は企業法の中でも会社法から離れ、商法や民法といった法律による説明も必要となり、やや複雑になってしまうのでここでは考えないことにしよう。

法人格が認められ、タイラカ商店が会社となった場合はどうだろうか。タイラカ商店は「経済活動をおこなう主体」としての会社なのだから、机を買うのは「タイラカ商店」であるし、買った机はタイラカ商店の財産となり、その権利はタイラカ商店に帰属するのである。ウサギさんやカエルさんは机を所有していない。あくまで会社のものである。このように、会社は法律により人格が認められており、そのため法律行為が可能となるのである。

 

-会社以外の法人

では、どんなときでも法人格をもっていなければ主体としての行為ができないのだろうか。

そんなことはなく、ときに例外として、会社でなくても一定の条件を満たせば、法人格に類似した人格を有することで行為が可能である。こうしたグループは「権利能力なき社団」と呼ばれ、マンションの管理組合やサークル、OB会などが該当例である。一定の要件を満たせば、そのグループの名前で、たとえば訴えの提起等も可能である(民事訴訟法29条)。しかし、あくまで法律で認められた法人ではないため、権利義務の主体となることはできない。逆に言えば、名称にかかわらず法律で認められていれば法人格を持つことができ、COOP(消費生活協同組合)やNHK(日本放送協会)は、会社ではないが法律により法人格が与えられている(消費生活協同組合法4条、放送法15条及び16条)。

 

-物や動物の権利

さて、話がやや脱線するが、物や動物は権利の主体になれるのだろうか。物はともかく動物は生きているわけだし、人と同じように権利が認められてもいいような気がしないでもない。ここで、動物を原告とした環境訴訟の例として、オオヒシクイ訴訟(東京高等裁判所判決平成8年4月23日)を取り上げよう。国内で提起された環境訴訟といえば、他にもアマミノクロウサギ訴訟やムツゴロウ訴訟などがあるが、本件はオオヒシクイを茨城県の住民であるとし、オオヒシクイ、個人2名、団体1(ヒシクイ保護基金)の4者を原告として、茨城県知事に対し訴訟を提起したものである。

一審水戸地裁は、オオヒシクイが当事者能力を欠くことを理由に訴えを却下しており、控訴審においても同様に、「人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。」とし、「当事者能力を有しない自然物であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。」として却下した。
以下はその判決文である。

【主文】
1、本件控訴を却下する。
2、原審及び当審における 訴訟費用は、控訴代理人らの負担とする。
【理由】
1、本件は、オオヒシクイ個体群を茨城県の住民であるとして、その名において、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、同県に代位し、知事である被控訴人に対し、被控訴人はオオヒシクイ個体群の越冬地全域を鳥獣保護区に指定しなかったことにより同県の威信を著しく損なわせ、重要な自然環境の要素にして重要な文化的財産を損傷させたとして、不法行為による損害の一部2257万2000円を同県に賠償するよう求めた事案の控訴審である。
2、およそ訴訟の当事者となり 得る者は、法律上、権利義務の主体となり得る者でなければならず、このことは民法、民事訴訟法等の規定に照らして明らかなところというべきであり、したがって人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。住民訴訟の当事者となり得る者についてもこれと異なる解釈をする余地は全くない。当事者能力の概念は、時代や国により相違があるのは当然であるが、わが国の現行法のもとにおいては、右のように解せざるを得ない。
そうすると、本件控訴も、当事者能力を有しない自然物 であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。
(東京高等裁判所判決平成8年4月23日)

このように、日本においては動物には当事者能力(民法上の権利能力)がなく、訴訟の当事者になることは出来ないとされているのである。法律上、動物は物として扱われるから、動物を傷つけた場合は「器物損壊罪」となるのである。(動物好きにとっては、何だか切ない事実かもしれない。)
ちなみに、棄却と却下の違いについて触れておくと、「棄却」とは審理の結果・請求などを退けることをいい、「却下」とは訴えが不適法としてそれ自体を認めないとすることをいう。

 

-会社は人と同じことができるのか

話を戻そう。
会社が「権利の主体」となり得ることは既述のとおりだが、法人としておこなう行為に制限はあるのだろうか。会社は人と同じことができるのだろうか。

ここで参照したいのが、八幡製鉄所事件(最高裁判所大法廷判決昭和45年6月24日)である。会社がとある政党に政治献金したところ、株主が“目的の範囲外”として訴えを提起(役員の責任を追及)した事件である。つまり、会社は営利を目的とする法人である以上は、政治献金なんていう「行為」はできない。というお話なのである。
判決文は長いが次に少しだけ載せてみる(といっても長いが…)。小難しい文章であるが、ここはひとつ、一度読んでみていただきたい。

【判決】
会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。
ところで、会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであつて、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた、会社にとつても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接ではあつても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が、その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、毫も、株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく、したがつて、これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。
以上の理は、会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。したがつて、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではないのである。論旨のいうごとく、会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄附が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。上告人のその余の論旨は、すべて独自の見解というほかなく、採用することができない。要するに、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。(最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日

やはり長いが、要は「会社というものが社会に存在している以上、社会に対して何かしらの行為をすること、社会的役割を果たすためにしたことは会社の行為として認めてあげても良いし、権利能力の範囲となるんだ」ということが示されている。このように、普段はなかなか考えることのない「企業」というものについて、ルールを学ぶことがこの授業の目的である。

 

-「企業法」とは、会社法で規律される「会社」とは

さて。ここまで、「企業法」という言葉を使ってきたが、実は「企業法」という法律は存在しない。一般に、会社法や商法、金融商品取引法などの会社にまつわる様々な法律をまとめて企業法と呼んでいる。企業の経営にはさまざまな利害関係人(ステークホルダー)が存在し、企業を取り巻くステークホルダーを規律することに、企業法を構成するそれぞれの法律の目的がある。

会社法では次の四つを会社として定め、それぞれに法人格を認めている。
①合名会社
②合資会社
③合同会社
④株式会社
なお、①~③を持分会社といい、所有と経営が一致しているといわれている(このあたりも詳しくは次回以降で。)。
この分類は、会社の所有者である社員(会社法における社員とは、株主のことを指す。)はどこまで責任を負うのか、また誰が業務を執行するか、この二つの観点によるものである。責任の範囲には大きく二種類あり、まず、株式会社に出資する際、株主は株を購入するだけでそれ以上の責任を負うことはなく、たとえば会社の負債を代わりに弁済するようなことはない。これを有限責任という。次に無限責任とは、出資をおこなうだけでなく、会社が負った負債も変わりに弁済する必要がある場合のことをいう。

合名会社では全社員が無限責任社員であり、また全社員が業務を執行し、会社を代表する。つまり、社員と会社の人格が一致しており、最も団体性が弱い会社形態である。株主、社長、会社がすべて一致しているとすれば、わざわざ会社としての人格を取得する必要もなく、利用されている例は少ない。

合資会社も、合名会社のように無限責任社員が存在するが、有限責任社員もいる。全社員が業務を執行し、会社を代表する点においては合同会社と同じだが、有限責任社員がいる分、社員と会社の人格は分離されている。
合同会社と株式会社はすべての社員が有限責任社員である。合同会社の場合は全社員が業務を執行して会社を代表するが、無限責任社員が存在しない分、①②に比べて社員と会社の人格の分離はさらに進んでいる。

日本において一般的なのが株式会社であり、最も団体性が強い企業形態である。所有と経営は原則分離しており、株式が業務を執行することは基本的にはない。また、持分会社と異なる点の一つとして、株式に譲渡性があることが挙げられる。
会社法による会社の分類はこの四つであるが、他にも公開会と閉鎖会社、大会社やその他といったように、様々な特徴の会社が存在する。

…といったところは一旦忘れていただき、次回は日本で一番多く存在する株式会社について説明していきたい。初回は、会社の属性と基本構造について紹介した。

企業法・授業まとめ-第3回-

授業まとめブログ、第3回目です。

前回は、会社の設立を人になぞらえ、理解を深めていきました。
「法人格」という重要なキーワードも出てきましたね。
その「法人格」や「権利」に関連し、今回は「株式」がテーマです。

<記事内の色分けについて>
●オレンジ
講義中、学生の方々に言葉の意味・意義に関する質問を投げかけています。
視野を広げてくれる回答も多いかと思いますので、ぜひご参照ください。
●ブルー
講義の本軸に加え、ポイントや補足として平山がお話した内容になります。
多少口語的ですが、“授業”の臨場感を味わっていただければと思います。


【前回の復習】
<1.会社の設立とは何か?>
会社の設立とは、法人格を取得すること
(法人格:人としての扱いを受ける)
⇒会社が、法「人」としての権利を取得するのはいつか?

Q.人の出生との違いは?人の権利取得との違いは?
人      :出生時にすべての権利義務を取得するが、成人するまで行為能力制限
⇒「あなた自身」が存在していることが実体
法人  :登記時に目的の範囲内において権利義務を取得
⇒実体のない(実在しない)法人という組織を実在するものとして扱い、(法律で)権利義務を付与する。

※「目的の範囲内」:この幅は広く解釈される。社会的に必要なこと、例えば大震災の支援など、本来の目的以外のことも会社の行為として認められる。「範囲外」として、やった行為は無効になることはほぼない。

Q.法人格を取得するために必要な手続きとは?
定款の作成:「法人」をかたち作る基本ルール。設計図のようなもの。
⇒実在しない法人を「実在する」ものとして扱う、「法人たるもの」を決める。
(人でいう「脳」や「心臓」のようなものを定める→お金(資本金)や人(機関))

<2.発起設立の手続き>
(発起人以外の株主を募集する「募集設立」は実務上ほとんど利用されない)
流れ:出資比率、役職の分配、会社の運営方針等についての交渉(設立時株主が複数いる場合)
⇒定款(会社の基本ルール)の作成(絶対的記載事項、相対的記載事項が載る)
(相対的記載事項:書かなくてOKだが、効力ゼロになる)
⇒株式発行事項の決定と株式の引き受け(株式の内容を決める)
⇒出資の履行(お金を振り込む)
※お金が絡むので若干論点がある
※会社を動かす源泉

設立時役員等の選任(会社の経営者を決める)
(オーナー会社だと発起人が代表になることが多い)
⇒設立登記(会社の誕生)

設立手続きに関連し、「仮装の払込み」が規制されている。
目的は、会社財産保護の必要性。払込みを偽装しても、会社財産は増加しないため、出資の履行があったことにはならない。

⇩代表的な偽装方法とされるのは以下二つ。

①預合い(法律で禁止されている)
発起人が払込取扱機関(銀行)の役職員と通謀して、払込取扱機関から借り入れをしてそれを払込みに充てるが、借入を返済するまでは預金を引き出さないことを約束する行為。(会社法965条で禁止。5年以下の懲役等)
⇒例えば、100万円を銀行から借り、資本金として振り込む。
本来、これは運転資金として引き出すことができる。
(例えば事務所の家賃や、従業員の給与などに使用)
預合いとは、これを引き出して使うことのできない状態にしてしまうことを指す。

※資本金で払い込んだお金というのは、基本的にすぐに自由に使うことができる。
(会社にキープしておかなければいけない、ということはない。)
あくまで必要なのは、「最初に資本金を●●円振り込んだ」ということだけ。

※借入れを返済する(お金で追加を払い込む)まで、資本金を使えないならば、追加で払ったときが本当に資本金の払込みではないのか。こういった虚偽表示のような行為は禁止されている。

⇧登記に記載されている金額は、実際存在しないことに……
こういった虚偽表示のような行為は禁止されている。

※要するに「銀行と通謀して悪いことをしている」ということ。

会社法965条(預合いの罪)
「第960条第1項第1号から第7号までに掲げる者が、株式の発行に係る払込みを仮装するため預合いを行ったときは、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。預合いに応じた者も、同様とする。」
会社法9601項(取締役等の特別背任罪)
「次に掲げる者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
① 発起人
② 設立時取締役又は設立時監査役
③ 取締役、会計参与、監査役又は執行役
④ 民事保全法第56条に規定する仮処分命令により選任された取締役、監査役又は執行役の職務を代行する者
⑤ 第346条第2項、第351条第2項又は第401条第3項(第403条第3項及び第420条第3項において準用する場合を含む。)の規定により選任された一時取締役、会計参与、監査役、代表取締役、委員、執行役又は代表執行役の職務を行うべき者
⑥ 支配人
⑦ 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人
⑧ 検査役」

⇧なかなか罪が重たい・・・
それだけ登記の記載が重要なものであるということ。
(会社の存在・法人格の所有を示す唯一の手段)
嘘を書けば処罰される。

②見せ金(判例上無効とされている) 
発起人が払込取扱機関以外の者から借り入れた金銭を株式の払込みに充て、会社の成立後にそれを引き出して借入金の返済に充てる行為。
⇒要するに、第三者を巻き込んで預合いを同じことをすると、資本金を振り込んでいないとみなされ、無効になってしまう、ということ。

見せ金※会社法で禁止されている行為ではない。
ただし、全体としてみれば、会社がすぐに使えるお金がないために、
資本金として振り込んだ意味が無い。(かつて裁判所が無効と判断したことも)
⇒「②払込み」から「④返済」までにかかった期間が、
本当に資本金を多めに見せるためにとった手続きなのか、判断が難しい。

 

最高裁判所第2小法廷判決昭和38126
「よつて審案するに株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外D株式会社は資本金200万円全額払込ずみの株式会社として昭和24年11月5日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Bは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Bが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外E銀行Gから金200万円を借り受け、その後右金200万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金200万円の払戻を受けた上、被上告人Bに右金200万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金200万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Bの前記銀行支店に対する借入金200万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。」

※ちなみに⇧での「右」の記載は、以前判決が縦書きだったことから。
「上記」なんかと同じ意味。

※破棄差し戻し、要件に該当する行為があったのかどうかを高裁で再度審理

現在では、1円の資本金で株式会社が作れるので、普通の株式会社ではほとんど行う意味は無いが、それ以外の資本金が要件とされる会社では行われることがある。(最低資本金が要求される会社)
⇒ゆえに違法行為をする会社がいなくなってきているものの、ある特定の会社については、資本金の金額が特別法上用意されてたりする。
以下条文を参照。

債権管理回収業に関する特別措置法5条(許可の基準)※サービサー法
「法務大臣は、前条の規定による許可の申請があったときは、許可申請者が次の各号のいずれかに該当する場合を除き、第3条の許可をしなければならない。
① 資本金の額が5億円以上の株式会社でない者
② 第24条第1項の規定により第3条の許可を取り消され、その取消しの日から5年を経過しない株式会社
……
④ 常務に従事する取締役のうちにその職務を公正かつ的確に遂行することができる知識及び経験を有する弁護士のない株式会社
……
⑦ 取締役若しくは執行役(相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、会社に対し取締役又は執行役と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。)又は監査役(以下この号において「役員等」という。)のうちに次のいずれかに該当する者のある株式会社

ヘ 暴力団員等

⑧  債権管理回収業を適正に遂行するに足りる人的構成を有しない株式会社」

———

【その他、違法な設立について】
いったん設立登記がなされても、設立手続に不備があった場合、会社はどうなるか?万一会社が設立されたあとに無効だとわかったら?
※「無効」、(有効なことを前提として)「取消し」、「請求できない」
『会社に対して勧告し、法的手続きをとる』?

⇩そこで法律上用意されている制度が

設立無効の訴え(会社法828条1項1号)
会社が成立しなかったことにすると多数の関係者の混乱を招くため、この法律によってのみ、会社の成立を否定できることとされている。法律関係の安定のため、設立登記から2年以内に株主などだけが提起可能。
※法律の世界では、何かに不備があることを「瑕疵(かし)」という。

会社法828条1項1号(会社の組織に関する行為の無効の訴え)
「次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。
①会社の設立 会社の成立の日から2年以内
……
<参考:設立無効の訴え(会社法828条1項1号)は殆ど使われない?>

具体的な無効事由は、

・定款(会社の基本ルール)の絶対的記載事項が欠けている
・設立時株式を1株も引き受けていない発起人がいる
・公証人による定款の認証がない

といった場合。実際に、こんなことが起きるのか?

設立が無効となるケースは、
「これ、もはやちょっとした手当てでは無理!」ってこと。
ちょっとした不備(ex.申請書類の誤記)程度なら補正可能。

また、登記官が所定の(書面上の形式的な)審査をするので、
そもそも無効事由が生じる可能性は低い。
※ミスがあれば登記所で受理されず、
そもそも“無効の会社が設立される”なんてことは実務上ほぼ起こらない!!

それでも、
・定款の記載不備などを見逃して登記が通った⇒無効事由になってしまう
・実際には開催されていない創立総会の議事録が添付され登記が通ってしまった
(とはいえ、現実には、開いていない株主総会の議事録が「あったもの」として添付されることはある……。)
等々があるため、理論上・条文上はあるが、
実務上ほとんど使われることはない。

また、この「設立無効の訴え」は以下2点が有効。

第三者効(対世効)
⇒判決の効力が当事者だけでなく、第三者にも及ぶこと。
判決の効力は、原則として訴訟当事者にしか及ばない(民訴法115条1項)。
Wikipediaより)
※裁判を起こしたとき・何かを争ったとき、むしろ第三者効はあって当然な気もするが…

(この原則があることで、たまに矛盾した判決が出ることがある。ex. 諫早湾開拓事業の司法判断など)
⇒一貫した判断を下すべきという意見もあるだろうが、裁判は人が関わるものであり、矛盾した権利関係を抱えた部分もある。逆に、自分に無関係な裁判の判決の影響が及んだら困ることもある。
そう考えると、原則本人にしか影響がないほうが良い。

「設立無効の訴え」の場合、例外的に第三者効がある。なぜか?
⇒会社とは登記される存在であり、ある程度公益性が強い。よって、
・ある人たちにとって会社が登記されていない(無効)
・ある人たちにとって会社が存在している
これらの状態が同時に発生することは、日本において避けなければいけない。
それを踏まえると、第三者効は認めるべきとなる。

会社法838条(容認判決の効力が及ぶ者の範囲)
「会社の組織に関する訴えに係る請求を認容する確定判決は、第三者に対してもその効力を有する。」

それ以外は原則通り。(ex. 役員に対する損害賠償請求など)

○将来効のみ(⇔遡及効)
※将来効=法律や法律要件の効力が、ある時点から将来に向かって及ぶこと。
※遡及効=法律や法律要件の効力が、その成立以前にさかのぼって及ぶこと。
コトバンクより)

<参考:設立に関する責任>
世の中に存在しない「会社」というものを一つ生み出し、人や会社との取引が発生する:社会的な責任は必ず発生する
⇒変な会社を作られては困るから、きちんと罰則が定まっている
会社設立に関する違法行為や不正行為については、
発起人・設立時取締役などの責任を規定し、
罰則(会社法960条1項)・過料(会社法976条)が定められている。
※独立した法人格が与えられる会社の設立はある程度厳格
⇩たとえば…
現物出資の価額が定款に定めた額に
著しく不足する場合の不足額支払い義務(会社法52条1項)

会社法52条(出資された財産等の価額が不足する場合の責任)
「株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額(定款の変更があった場合にあっては、変更後の価額)に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う。」

⇒会社の運転資金として準備しなければいけないお金を、「これだけ用意して会社をつくる」と定款に書いている以上、その金額に満たない場合には、発起人は責任を持って支払わなければならない。

・任務懈怠によって会社に生じた損害を賠償する責任(会社法53条1項)
・悪意・重過失によって第三者に生じた損害を賠償する責任(会社法53条2項)
⇧発起人の責任として、会社財産を確保できなかった場合が定められている。
会社資本を充実させるまでが発起人の仕事だから。

会社法53条(発起人等の損害賠償責任)
「発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、株式会社の設立についてその任務を怠ったときは、当該株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 発起人、設立時取締役又は設立時監査役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

 

企業法・授業まとめ-第2回-

授業まとめブログ、第2回目です。

前回は非常にベーシックな知識を中心に共有いたしました。
当たり前に使っている「会社」「企業」「人」といった言葉について
今一度振り返り考える、新鮮な機会となったのではないでしょうか。

さて、今回のテーマは「会社の設立」です。

<記事内の色分けについて>
●オレンジ
講義中、学生の方々に言葉の意味・意義に関する質問を投げかけています。
視野を広げてくれる回答も多いかと思いますので、ぜひご参照ください。
●ブルー
講義の本軸に加え、ポイントや補足として平山がお話した内容になります。
多少口語的ですが、“授業”の臨場感を味わっていただければと思います。


【前回の復習】
〇法人とは
個人(出資者や構成員)から独立した別個の法人格を有するもの。
法によって自然人と同様に権利能力を付与された存在。

⇩法人格がないと、どんな不都合が発生する?

例えば構成員が10人いた場合、
誰に権利義務(代金の支払い、物の引渡請求権)が帰属するのかが不明確になる。
⇒担当者に帰属してしまうことになる?団体としてそれで良いのか?
→大きな団体になると、相手にしてみたら誰と契約しているのか分からない…ぼんやりとしたグループ名で取引されても困ってしまう。
だから、一人の人格を持った人(=権利義務が帰属している)を介したい。その時、法人格をもっていれば法人に権利義務を帰属させることが可能。

なお、会社であっても建物や代表取締役に権利義務が帰属するわけではない。
代表取締役は別の人格、あくまで「機関」のひとつ
→別人格(法人格)をたてて、会社の中で行為することが大切。
グループメンバーが多くなった時、一つの団体として株式会社を作るのは分かりやすくて良いのでは?ということ。

〇「機関」とは
会社自体に「意思」があるわけではない。
では会社とは何なのか、誰が「意思」を表示して行為するのか。

代表取締役が最終的に意思を表示して行為するが、
「意思」そのもの、「行為するか否か」を決めるのは
株主総会や取締役会。
※ちなみに「機関」は法律用語

 

機関の図(伊藤博文)

上の図は、
伊藤博文が海外で国の統治等を学んだ際に、国の機関を人体になぞらえたもの。
「海江田がシュタインの講義をうけたときに提示したものと思われる。図は人体と国家を対比して、神祇官 · 親祭を頭とし、人民を左右両足とし、そのあいだに各部局を置く。首のところに政府と書かれて、胴体には弾正 · 宮内・文部 · 司法 · 大蔵、両腿に農務と商務、向かって右肩から右手へ、上院、內務、陸軍、左は下院 · 外務 · 海軍となっている。」
NAMs出版プロジェクト シュタイン、伊藤博文、国家有機体説:メモより)

⇩ここでまた、
「一つ一つの当たり前に思っている言葉の意味を考える作業」

  • 国って何?
    『ある一定の地域に住む人たちを代表する存在』
  • 領土があって人が住んでいるが国ではない場所って地球上にある?
    『南極?あるいはない?』
  • “あなた”はどこからどこまでがあなた?
    『人体的なところ~人間関係まで(社会的なつながりも含めて)』

「機関」として挙げられるのは・・・
・会社の機関(株主総会、取締役会、代表取締役…)
・国の機関 (政府、国会、裁判所…?)
・人の器官 (心臓、筋肉、脳、肺…)

⇒それぞれ意思表示をしているのは誰なのだろうか?
機関の行為の法的な効果は、「機関」である個人に帰属するのではなく、
「法人」に帰属するということ。
これが法人格を別個に認めることの意味。
→代表取締役や社長がしたことは会社に帰属し、個人の責任は切り離される。(やりすぎれば個人の責任であるけれど・・・)
“会社の人”がしたことは会社に帰属する。

※法人格がない場合、構成員(組合員)のした行為は
原則そのまま構成員に帰属し、団体という存在には帰属しない。

 

会社の種類(フォーマット)

———

【今回のテーマ:会社の設立
会社の一生を人に例えると…

〇設立
出生:権利能力を取得し、出生届を役所に提出、戸籍に記載される。
→ちなみに、基本的人権は
「生まれながらに持っている?」「法律によって与えられるもの?」
綺麗な言い方をすれば前者だが、実際は法律がないと人の権利は無いに等しい。
例えば、無戸籍児は国から権利が与えられない。
∵戸籍に載っていない、住民票もないという状態では
国が権利や保護を与えたくとも、やりようがないから。
法的にその人は存在しないことになってしまう。

○解散・精算
死亡(死亡届の提出、除籍)
外国籍の取得?(国としてその人が居なくなる)

事業譲渡
(会社の一部門を譲渡する行為、会社法上、一方の法人格は消滅せず。)
里子に出すこと?臓器提供?(中身だけの移動。例えづらい!)

〇会社分割・合併・M&A
(合併の場合:会社法上、一方の法人格は消滅する
(合併の場合:登記上、一方の会社の登記は抹消される)
結婚(婚姻届を提出、新戸籍を二人で作る=親の戸籍から抜ける)

※ちなみに、戸籍法上の「入籍」と婚姻届の提出は別の概念。
入籍とは「すでにある戸籍に誰かが入ること」。
初婚の二人の夫婦の戸籍は初めて作られるので、
本来の意味での入籍ではない。(「内縁事情.com」より)

離婚(離婚届を提出し、筆頭者でない側が戸籍から除籍される)

※ちなみに、親の戸籍に戻れるのは筆頭者になっていなかった人。
また、成人していれば自身が筆頭者の単独戸籍を作ることも可能。
戸籍は自由な住所で作ることができる。住んでいなくともOK。

国が人を管理するのは複雑・・・(戸籍、住民票、マイナンバーなど)
国が会社を管理するのもまた同様なのである。

 

企業法・授業まとめ-第1回-

弊所ホームページにてお知らせをしておりましたが、
代表・平山剛は慶應義塾大学総合政策学部にて下記講義をおこなっておりました。
・企業法(会社法)(2015, 2016)
・企業法演習   (2017)

これらの90分に及ぶ授業内容を
なんと、こちらのブログでもお伝えすることとなりました。

「学生時代にこんな授業とってた」
「これまで学ぶ機会がなかったな」
「知識として学んでみたいかも」

そんな気持ちをお持ちの方にぜひ、楽しんでお付き合いいただければ幸いです。

<記事内の色分けについて>
●オレンジ
講義中、学生の方々に言葉の意味・意義に関する質問を投げかけています。
視野を広げてくれる回答も多いかと思いますので、ぜひご参照ください。
●ブルー
講義の本軸に加え、ポイントや補足として平山がお話した内容になります。
多少口語的ですが、“授業”の臨場感を味わっていただければと思います。

 


 

第1回:会社の構成、基本構造

【企業法(会社法)とは?】
まず、そもそも企業とは何だろうか。
会社との違いは何か。

『企業は経済活動をするためにあって、会社は利益を生むためのもの。』?
『我々が生活していく上で必要な財やサービスを提供してくれるところ』?

そんな考え方もあるかもしれない。

※「企業法」という法律があるわけではなく、
会社法も、数多くある企業に関する法律のうちのひとつ。
会社法、商法、金融商品取引法などを、まとめて企業法と呼ぶ。

講学上の回答だと、企業とは
「現代の経済システムの中で、経済活動を行う主体」で、
「計画的・継続的に利益を取得して企業の構成員に
分配することを目的とするもの」
である。

※講学上の概念=法律学を研究する上で用いられる用語であって、
法令上用いられる用語ではないもの。

⇩意味を理解するため
「現代の経済システムの中で、経済活動を行う主体」の言葉を分けて考えてみる。

  •  この「主体」とは何を指すのか。
  • 「会社」というものは存在するのか。
    実際あるから存在するが、何が「会社」?
  • 「会社」と「人」では何が違うのか。
    『会社は組織、人は人間』?

    『会社は構成員が同じ目的をもって利益のために動く団体、人は個人』?
  • じゃあ、そもそも「人」とは何なのか。
    『人間が社会で生活していれば人。
    社会とは、人間が中心になって作り上げたコミュニティ。』?

⇒このように、ひとつひとつ”当たり前に思っている言葉”の意味を考える作業も
法的思考には必要となってくる。

———

【法人と法人格】
企業に関連して「法人」「法人格」という言葉がある。
ここで考えたいのは、

・「法人」、「法人格」という言葉の意味
・「人」の人格と「法人」の人格の違い
『目的が違う』?
・そもそも「人権」とは何か
基本的人権で考えられるのは
『生存権(憲法25条)、教育を受ける権利、表現の自由など』?


「人権」とは主に基本的人権である。
これは国家から侵害されないために憲法上尊重されている権利のこと。
自然権的性質が強く、
法に与えられたのではなく、生まれながらにもっている権利(という説)である。
※人権は自然権の代表的なもの

⇩そこで浮かぶ疑問

  • 法人(会社)は「人」の権利をもてるのか?認めるべき?
    『認められているけど、制限されていそう』?
  • また、物や動物はどうだろうか?
    『必要ない』?『認められてもいいのでは』?

⇩以下の環境訴訟を確認

オオヒシクイ訴訟(東京高等裁判所判決 平成8年4月23日)

「本件は、オオヒシクイ個体群を茨城県の住民であるとして、その名において、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、同県に代位し、知事である被控訴人に対し、被控訴人はオオヒシクイ個体群の越冬地全域を鳥獣保護区に指定しなかったことにより同県の威信を著しく損なわせ、重要な自然環境の要素にして重要な文化的財産を損傷させたとして、不法行為による損害の一部2257万2000円を同県に賠償するよう求めた事案の控訴審である。
およそ訴訟の当事者となり得る者は、法律上、権利義務の主体となり得る者でなければならず、このことは民法、民事訴訟法等の規定に照らして明らかなところというべきであり、したがって人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。住民訴訟の当事者となり得る者についてもこれと異なる解釈をする余地は全くない。当事者能力の概念は、時代や国により相違があるのは当然であるが、わが国の現行法のもとにおいては、右のように解せざるを得ない
そうすると、本件控訴も、当事者能力を有しない自然物であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。」

《解説》
わが国の民訴法の教科書及び注釈書等で自然物の当事者能力について触れたものはないようである。これに対し、アメリカにおいては、かつて奴隷等が物とみなされていたが、後に人格を認められたのと同様、自然物にも当事者能力を認めるべきであるとの学説が存し、動物の名で提起される訴訟もある。
良く知られているのは、ハワイ島のパリラ鳥(ミツドリの一種)を原告とする訴訟であるが、その訴状においてはパリラの近友(後見人)として、シエラ・クラブ等の環境保護団体が付いており、判決においては、環境保護団体三者及び自然人一人の当事者能力についてのみ言及されているものである(なお、合衆国法典16編1540条は、この種の訴訟について民衆訴訟を許容している)。
この種の野生動植物を原告とする訴訟は各地に少なからずあるようであり、本判決が「当事者能力の概念は、時代や国により相違がある」と述べた部分を評価する向き(平8・10・14付東京新聞。なお、平9・6・8付朝日新聞社説参照)もあるので、当然の結論ではあろうが、これを紹介する。
(判例タイムズ957号194頁より引用)

つまり、動物に権利は認められなかった。(他にもアマミノクロウサギ訴訟の例)
※法律上、動物は「モノ」として扱われる。傷つければ「器物損壊罪」。
では会社も同じ扱いになるのか?

法人には、
持つべき・持たざるべき権利、持つことができる・できない権利が存在する。
⇒「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の
範囲内において、権利を有し、義務を負う。」(民法34条)
 ※定款=法人の基本的なルールを定めたもの

———

ここで、学生生活において身近な「人の集まり」であるサークルを例にとり、
会社との違いを確認していきたい。

サークルは「組合」という概念に近い。

会社(法人) サークル(組合)
民法34条
(法人の能力)
法人は、法令の規則に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う。 民法667条
(組合契約)
1 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。
2 出資は、労務をその目的とすることができる。
会社法3条
(法人格)
会社は、法人とする。 民法668条
(組合財産の共有)
各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。

たとえば財産であれば「組合」として単独で所有するのではなく、
「総組合員」という人の集まりで共有するのである。
単なる人の集まりか、それを超えての「人格」が認められているか、が異なる点。
⇒会社とは、
法によって認められた瞬間に「人の集まり」を超えて「人格」が認められる。

法律で“会社”として認められていない限りは、所詮「人の集合体」でしかない!

会社とサークルの違い

<例外>
「法人」でなくても、一定の場合には
ある程度の「法人格」類似の人格を有しての行為ができる。
※「権利能力なき社団」というものもある

権利能力なき社団
社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために法人としての登記ができないか、これを行っていないために法人格を有しない社団をいう。ドイツ法や日本法における概念。人格なき社団、ないしは任意団体ともいう(日本国内における法令用語としては人格のない社団)。
典型的なものとしては、設立登記前の会社、町内会の多く、入会集団(入会団体)、政党要件を満たさない政治団体、マンションの管理組合、サークル、学会などがある。
Wikipediaより)

●民事訴訟法29条(法人ではない社団等の当事者能力)
「法人ではない社団または財団で代表者または管理人の定めがあるものは、その名において訴え、または訴えられることができる。」

⇧この条件を満たせば、サークルでも訴えを起こすことができる!
しかし、あくまで権利義務の帰属主体にはなれない。
∵権利を持つためには「人格」が必要であるから。
⇒名称ではなく、法によって認められているかどうかで決まる
(名称を用いて良いかも法によって決まるが…)

以下該当例⇩

・NHK(日本放送協会)
「協会は、前条の目的を達成するためにこの法律の規定に基づき設立される法人とする。」(放送法16条)

・コープ(消費生活協同組合)
「消費生活協同組合及び消費生活協同組合連合会(以下「組合」と総称する。)は、法人とする。」(消費生活協同組合法4条)

 

新人弁護士”まりえ”が行く!六法全書を探してみた・続編

これまで、全3回にわたってお伝えしてきた『六法全書探しの旅』。
読んでくださっていた方に、とても嬉しいご報告です!

(…え?そんな話あったのって?そんな方はぜひこちらへ。)

 

どれだけインターネットを駆使しても・・・

どれだけ歩き回って探しても・・・

なぜだか見つからなかった昭和54年昭和56年の六法全書。

 

この度、無事に昭和54年版を入手することができました!

六法のことをすっかり忘れてお昼ご飯を食べていたある日、
六法探しにてお邪魔したうちのある書店さんが
入荷の連絡をくださったのです。

思わぬ朗報に事務所一同(特に筆者)歓喜!!

 

後日、無事手元に到着しました。
まりえ先生にもさっそくご報告。

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やっと会えた六法に思わずにっこり。
頑張って探した日々が報われます…(涙)

 

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六法全書を前にこんなに笑顔になるのは、
日本中でまりえ先生しかいないのでは…!

というくらいの素敵な笑顔を見せてくださいました。

 

 

散々眺めたのち、最終的に棚へ収まりました。

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なかなか出会えなかったせいか、なんだか輝かしく見えます。

 

ちなみに弊所、実は古い六法全書もいくつか揃えております。

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まるで博物館に並んでいそうなヴィンテージ感……
古いものは明治から、様々な出版社の六法全書があります。
現在は有斐閣しか出版していませんが、
昔はこんなにも多様なデザインが存在したんですね。
なんだかレトロで素敵です。

もし古書店などで見かけた際には、ぜひ手に取られてみてはいかがでしょうか。

 


 

さて。

残るは昭和56年版です。
着実に揃ってきていますので、このまま順調に手に入ることを願うばかり。
まぼろしの六法全書、果たしてどこに眠っているのでしょうか……

 

このシリーズ、まだまだ続いていく予感がいたします…!