いきなり企業法! <1.はしがきにかえて>

平山が担当した企業法の講義について授業のライブ感を出しつつご紹介しているところだが、平行して読み物形式でもお伝えしたい。これは、法律の初学者、つまりまったく法律を学んだことのない学生に対していきなり企業法を教えていた授業である。
朝の通勤電車で、試験の前に、寝る前にベッドの中で、いつでもどこでもサクサクとお読みいただけるようにまとめていければと思う。
目指せ書籍化!


-「企業」とは何か、「法律」とは何か

企業法の授業を進めるにあたり、そもそも「企業」とは何か、という話からはじめてみたい。漢字だけを見れば、「ぎょう(業)」を「(企)くわだてる」である。説明になっているような、なっていないような…しかし、学問における言葉の定義とは大概においてそんなものである。

シンプルな言葉ほど、日常において意識することなく使うので、敢えてその言葉の「意味」を考えることは少ない。たとえば、「法律って何?」と聞かれたら、「法律は法律でしょ」と返したくなってしまう。辞書で調べてみても「法律とは法規範のこと」と書いてあったりする。これでは説明になってない。さらに、「法規範って何なの?」という話になると、これもまた「法で定められた規範のこと」となってしまう。…ようやく近づいてきた気がする。
そこで、「では、規範とはなにか?」である。「規範とはルールのことである」だと、「規範とは法である」と言っていることが変わらないので、敢えて乱暴な説明をすると、「規範とは常識のこと」である。つまり、「法律」とは「国によって定められた常識」のことである。

ここで「国によって定められた」というフレーズがいきなり出てきたが、国会が「国の唯一の立法機関である」(憲法41条)と憲法に書いてある以上、国(国会)以外が法律を定めること(立法)はできない。「誰が」「何を」「どうした」で考えるならば、「国が」「常識を」「定めた」ものが「法律」である。では、誰の常識なのか、ということについては、みんな(国民)の常識である。多分。

ただし、定められたその時代での常識であったりもするので、時代が変われば常識も変わる。古い常識(法律)も廃止されなければそのまま残っているし、有効である。時代遅れになっても、国が廃止していなければそのまま有効ではあるが、あまりに時代遅れになると、時に、最高裁判所により「違憲」とされることもある。

 

-講学上の概念としての「企業」

この辺りの憲法論等については別の機会に譲るとして…
話を戻すと、「『企業』とは何か」である。様々な考え方があると思うが、ここではひとつの正解として講学上の概念、すなわち法律学を研究する上で用いられる定義を採用することとしよう。それによると企業とは、
①「現代の経済システムの中で、経済活動をおこなう主体」であり、②「計画的・継続的に利益を取得して企業の構成員に分配することを目的とするもの」とされている。ここでも、一つ一つの言葉をひも解いてみたい。

まず、「経済活動をおこなう主体」とはどういったことか。主体というからには、他から独立してものごとの中心となり、何かができていないといけないような気がする。たとえば、道にある自動販売機は、お金を入れれば飲み物が出てくる。これも立派な経済活動である。しかし、自動販売機が主体として何かをしているようには見えない(と、少なくとも私の目からは見える)。飲み物が補充されなければやがて空になってしまうし、お金も、誰かが回収しなければ自動販売機の中に取り残されたままである。主体的に何かができない「物」は、おそらく企業にはなりえない。よって自動販売機自体は企業ではない。きっと、100台自動販売機を並べてみたところで、それだけでは企業とはならない。

では、飲み物を道に並べて売っている「人」がいたとしよう。この人は「企業」と呼べるのか。その人が1日だけ、たまたまその場で1回だけ売っているのであれば「企業」ではなさそうだが、毎日売っていたらその人のことを「企業」と呼びそうである。では、二人で売っていた場合にはどうか。三人の場合には。「タイラカ商店」という看板を出して売っていた場合には。どんどん「企業」っぽくなってくる気がする。人が売っているから「意思」があり、主体性も出てくる気がする。
では、三人で売っていた場合はその人たちが「企業」なのであろうか、三人でまとめて売っていないと企業とは呼べないのか。それとも、同じ「タイラカ商店」という看板を出しながら売っていれば、毎日違う人が交互に売りに来ていても企業と呼べるのか。そうなってくると、もはや売っている人ではなく「タイラカ商店」の方が企業っぽくなってくる。というか、そもそも企業といわれて真っ先にイメージするのは大企業の名前であったりもする。そういった大企業と、道で一人で飲み物を売っている人とは何が違うのか。規模が違う。規模が違うというのならば、どの程度の規模になれば「企業」となるのか。ここで先程の講学上の定義に戻ると、規模の違いについては書かれていない。すると規模とは、企業が企業であるためには重要ではないのかもしれない。

 

-法人格という概念

あることろに「タイラカ商店」という飲み物を売るお店があった。メンバーはウサギさんとカエルさん。ウサギさんは営業を担当し、カエルさんが飲み物の配達を担当している。ある日あなたはウサギさんに飲み物を注文をして、自宅に届けてもらう約束をした。ウサギさんは「カエルさんに届けさせますね。」と言い、お金を受け取って帰っていった。しかし、飲み物は待てど暮らせど一向に届かず、仕方がないのでカエルさんに聞きに行けば「そんな約束はしていません、聞いていません。」と言われてしまった……となると、あなたは非常に困ってしまう。飲み物を飲みたいし、そのためにお金だって払っている。しかし、約束をした相手はウサギさんなので、カエルさんには軽くあしらわれてしまう。そこであなたは、「ウサギさんもカエルさんも同じ『タイラカ商店』でしょ。タイラカ商店が責任を取ってよ!」と、心の中で叫ぶことになる。
そう。タイラカ商店に責任を取ってもらうためには、ウサギさんではなく「タイラカ商店」と約束すればいいのだ。ここで浮かぶのが、「お店と約束ってできるの?」という疑問である。

こんな時に登場するのが、法人格という概念である。お店(企業)として活動をおこない、「お店」が契約をして、権利や義務の帰属主体となる(=権利能力を持つ)には、ウサギさんやカエルさんといった、そこではたらく「人」から独立した人格、つまり法人格(権利能力の帰属主体)という概念が必要となる。この法人格はどんな集団にも認められるものではなく、基本的に、会社法で定められたルールに則って設立された法人にのみ認められるなぜなら、法によって一つの「人格」を作り出すからである。法で認められた瞬間、人格が認められるのだ。
つまり、法律により法人格を認められない限り、それはただの人の集まりであり、それを超えて権利義務の主体となることはできないのである。

つまり、タイラカ商店が法人格を取得していれば、権利の帰属主体となることができ、あなたは「タイラカ商店と契約を結ぶ」ことが可能になるのである。

(「権利能力」や「権利」「義務」といった用語を当たり前に使っているが、次回以降に少し詳しく解説をすることにする。ここでは何となく、言葉の持っていそうな雰囲気を眺めておいていただきたい。)

それでは、タイラカ商店が法人格を取得していなかったとしたら?タイラカ商店はウサギさん、カエルさんたちの「集まり」で、これは単なるグループのことで、組合と呼んだりもする。グループ名が付いていても法人格はない。ゆえに、グループ(組合)というものは、権利能力を持つことができない。権利能力を持たないということは「個人の集合体」であるため、権利や財産は組合員で「共有」されるということになる。たとえば、机を新しく買うときに「タイラカ商店」が主体となって購入するのではなく、ウサギさんとカエルさんが二人で購入し、二人の共有の財産として机を使うのである。実は個人事業主として独立して事業をおこなっている…というパターンもあるが、その場合は企業法の中でも会社法から離れ、商法や民法といった法律による説明も必要となり、やや複雑になってしまうのでここでは考えないことにしよう。

法人格が認められ、タイラカ商店が会社となった場合はどうだろうか。タイラカ商店は「経済活動をおこなう主体」としての会社なのだから、机を買うのは「タイラカ商店」であるし、買った机はタイラカ商店の財産となり、その権利はタイラカ商店に帰属するのである。ウサギさんやカエルさんは机を所有していない。あくまで会社のものである。このように、会社は法律により人格が認められており、そのため法律行為が可能となるのである。

 

-会社以外の法人

では、どんなときでも法人格をもっていなければ主体としての行為ができないのだろうか。

そんなことはなく、ときに例外として、会社でなくても一定の条件を満たせば、法人格に類似した人格を有することで行為が可能である。こうしたグループは「権利能力なき社団」と呼ばれ、マンションの管理組合やサークル、OB会などが該当例である。一定の要件を満たせば、そのグループの名前で、たとえば訴えの提起等も可能である(民事訴訟法29条)。しかし、あくまで法律で認められた法人ではないため、権利義務の主体となることはできない。逆に言えば、名称にかかわらず法律で認められていれば法人格を持つことができ、COOP(消費生活協同組合)やNHK(日本放送協会)は、会社ではないが法律により法人格が与えられている(消費生活協同組合法4条、放送法15条及び16条)。

 

-物や動物の権利

さて、話がやや脱線するが、物や動物は権利の主体になれるのだろうか。物はともかく動物は生きているわけだし、人と同じように権利が認められてもいいような気がしないでもない。ここで、動物を原告とした環境訴訟の例として、オオヒシクイ訴訟(東京高等裁判所判決平成8年4月23日)を取り上げよう。国内で提起された環境訴訟といえば、他にもアマミノクロウサギ訴訟やムツゴロウ訴訟などがあるが、本件はオオヒシクイを茨城県の住民であるとし、オオヒシクイ、個人2名、団体1(ヒシクイ保護基金)の4者を原告として、茨城県知事に対し訴訟を提起したものである。

一審水戸地裁は、オオヒシクイが当事者能力を欠くことを理由に訴えを却下しており、控訴審においても同様に、「人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。」とし、「当事者能力を有しない自然物であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。」として却下した。
以下はその判決文である。

【主文】
1、本件控訴を却下する。
2、原審及び当審における 訴訟費用は、控訴代理人らの負担とする。
【理由】
1、本件は、オオヒシクイ個体群を茨城県の住民であるとして、その名において、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、同県に代位し、知事である被控訴人に対し、被控訴人はオオヒシクイ個体群の越冬地全域を鳥獣保護区に指定しなかったことにより同県の威信を著しく損なわせ、重要な自然環境の要素にして重要な文化的財産を損傷させたとして、不法行為による損害の一部2257万2000円を同県に賠償するよう求めた事案の控訴審である。
2、およそ訴訟の当事者となり 得る者は、法律上、権利義務の主体となり得る者でなければならず、このことは民法、民事訴訟法等の規定に照らして明らかなところというべきであり、したがって人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。住民訴訟の当事者となり得る者についてもこれと異なる解釈をする余地は全くない。当事者能力の概念は、時代や国により相違があるのは当然であるが、わが国の現行法のもとにおいては、右のように解せざるを得ない。
そうすると、本件控訴も、当事者能力を有しない自然物 であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。
(東京高等裁判所判決平成8年4月23日)

このように、日本においては動物には当事者能力(民法上の権利能力)がなく、訴訟の当事者になることは出来ないとされているのである。法律上、動物は物として扱われるから、動物を傷つけた場合は「器物損壊罪」となるのである。(動物好きにとっては、何だか切ない事実かもしれない。)
ちなみに、棄却と却下の違いについて触れておくと、「棄却」とは審理の結果・請求などを退けることをいい、「却下」とは訴えが不適法としてそれ自体を認めないとすることをいう。

 

-会社は人と同じことができるのか

話を戻そう。
会社が「権利の主体」となり得ることは既述のとおりだが、法人としておこなう行為に制限はあるのだろうか。会社は人と同じことができるのだろうか。

ここで参照したいのが、八幡製鉄所事件(最高裁判所大法廷判決昭和45年6月24日)である。会社がとある政党に政治献金したところ、株主が“目的の範囲外”として訴えを提起(役員の責任を追及)した事件である。つまり、会社は営利を目的とする法人である以上は、政治献金なんていう「行為」はできない。というお話なのである。
判決文は長いが次に少しだけ載せてみる(といっても長いが…)。小難しい文章であるが、ここはひとつ、一度読んでみていただきたい。

【判決】
会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。
ところで、会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであつて、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた、会社にとつても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接ではあつても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が、その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、毫も、株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく、したがつて、これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。
以上の理は、会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。したがつて、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではないのである。論旨のいうごとく、会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄附が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。上告人のその余の論旨は、すべて独自の見解というほかなく、採用することができない。要するに、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。(最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日

やはり長いが、要は「会社というものが社会に存在している以上、社会に対して何かしらの行為をすること、社会的役割を果たすためにしたことは会社の行為として認めてあげても良いし、権利能力の範囲となるんだ」ということが示されている。このように、普段はなかなか考えることのない「企業」というものについて、ルールを学ぶことがこの授業の目的である。

 

-「企業法」とは、会社法で規律される「会社」とは

さて。ここまで、「企業法」という言葉を使ってきたが、実は「企業法」という法律は存在しない。一般に、会社法や商法、金融商品取引法などの会社にまつわる様々な法律をまとめて企業法と呼んでいる。企業の経営にはさまざまな利害関係人(ステークホルダー)が存在し、企業を取り巻くステークホルダーを規律することに、企業法を構成するそれぞれの法律の目的がある。

会社法では次の四つを会社として定め、それぞれに法人格を認めている。
①合名会社
②合資会社
③合同会社
④株式会社
なお、①~③を持分会社といい、所有と経営が一致しているといわれている(このあたりも詳しくは次回以降で。)。
この分類は、会社の所有者である社員(会社法における社員とは、株主のことを指す。)はどこまで責任を負うのか、また誰が業務を執行するか、この二つの観点によるものである。責任の範囲には大きく二種類あり、まず、株式会社に出資する際、株主は株を購入するだけでそれ以上の責任を負うことはなく、たとえば会社の負債を代わりに弁済するようなことはない。これを有限責任という。次に無限責任とは、出資をおこなうだけでなく、会社が負った負債も変わりに弁済する必要がある場合のことをいう。

合名会社では全社員が無限責任社員であり、また全社員が業務を執行し、会社を代表する。つまり、社員と会社の人格が一致しており、最も団体性が弱い会社形態である。株主、社長、会社がすべて一致しているとすれば、わざわざ会社としての人格を取得する必要もなく、利用されている例は少ない。

合資会社も、合名会社のように無限責任社員が存在するが、有限責任社員もいる。全社員が業務を執行し、会社を代表する点においては合同会社と同じだが、有限責任社員がいる分、社員と会社の人格は分離されている。
合同会社と株式会社はすべての社員が有限責任社員である。合同会社の場合は全社員が業務を執行して会社を代表するが、無限責任社員が存在しない分、①②に比べて社員と会社の人格の分離はさらに進んでいる。

日本において一般的なのが株式会社であり、最も団体性が強い企業形態である。所有と経営は原則分離しており、株式が業務を執行することは基本的にはない。また、持分会社と異なる点の一つとして、株式に譲渡性があることが挙げられる。
会社法による会社の分類はこの四つであるが、他にも公開会と閉鎖会社、大会社やその他といったように、様々な特徴の会社が存在する。

…といったところは一旦忘れていただき、次回は日本で一番多く存在する株式会社について説明していきたい。初回は、会社の属性と基本構造について紹介した。

企業法・授業まとめ-第2回-

授業まとめブログ、第2回目です。

前回は非常にベーシックな知識を中心に共有いたしました。
当たり前に使っている「会社」「企業」「人」といった言葉について
今一度振り返り考える、新鮮な機会となったのではないでしょうか。

さて、今回のテーマは「会社の設立」です。

<記事内の色分けについて>
●オレンジ
講義中、学生の方々に言葉の意味・意義に関する質問を投げかけています。
視野を広げてくれる回答も多いかと思いますので、ぜひご参照ください。
●ブルー
講義の本軸に加え、ポイントや補足として平山がお話した内容になります。
多少口語的ですが、“授業”の臨場感を味わっていただければと思います。


【前回の復習】
〇法人とは
個人(出資者や構成員)から独立した別個の法人格を有するもの。
法によって自然人と同様に権利能力を付与された存在。

⇩法人格がないと、どんな不都合が発生する?

例えば構成員が10人いた場合、
誰に権利義務(代金の支払い、物の引渡請求権)が帰属するのかが不明確になる。
⇒担当者に帰属してしまうことになる?団体としてそれで良いのか?
→大きな団体になると、相手にしてみたら誰と契約しているのか分からない…ぼんやりとしたグループ名で取引されても困ってしまう。
だから、一人の人格を持った人(=権利義務が帰属している)を介したい。その時、法人格をもっていれば法人に権利義務を帰属させることが可能。

なお、会社であっても建物や代表取締役に権利義務が帰属するわけではない。
代表取締役は別の人格、あくまで「機関」のひとつ
→別人格(法人格)をたてて、会社の中で行為することが大切。
グループメンバーが多くなった時、一つの団体として株式会社を作るのは分かりやすくて良いのでは?ということ。

〇「機関」とは
会社自体に「意思」があるわけではない。
では会社とは何なのか、誰が「意思」を表示して行為するのか。

代表取締役が最終的に意思を表示して行為するが、
「意思」そのもの、「行為するか否か」を決めるのは
株主総会や取締役会。
※ちなみに「機関」は法律用語

 

機関の図(伊藤博文)

上の図は、
伊藤博文が海外で国の統治等を学んだ際に、国の機関を人体になぞらえたもの。
「海江田がシュタインの講義をうけたときに提示したものと思われる。図は人体と国家を対比して、神祇官 · 親祭を頭とし、人民を左右両足とし、そのあいだに各部局を置く。首のところに政府と書かれて、胴体には弾正 · 宮内・文部 · 司法 · 大蔵、両腿に農務と商務、向かって右肩から右手へ、上院、內務、陸軍、左は下院 · 外務 · 海軍となっている。」
NAMs出版プロジェクト シュタイン、伊藤博文、国家有機体説:メモより)

⇩ここでまた、
「一つ一つの当たり前に思っている言葉の意味を考える作業」

  • 国って何?
    『ある一定の地域に住む人たちを代表する存在』
  • 領土があって人が住んでいるが国ではない場所って地球上にある?
    『南極?あるいはない?』
  • “あなた”はどこからどこまでがあなた?
    『人体的なところ~人間関係まで(社会的なつながりも含めて)』

「機関」として挙げられるのは・・・
・会社の機関(株主総会、取締役会、代表取締役…)
・国の機関 (政府、国会、裁判所…?)
・人の器官 (心臓、筋肉、脳、肺…)

⇒それぞれ意思表示をしているのは誰なのだろうか?
機関の行為の法的な効果は、「機関」である個人に帰属するのではなく、
「法人」に帰属するということ。
これが法人格を別個に認めることの意味。
→代表取締役や社長がしたことは会社に帰属し、個人の責任は切り離される。(やりすぎれば個人の責任であるけれど・・・)
“会社の人”がしたことは会社に帰属する。

※法人格がない場合、構成員(組合員)のした行為は
原則そのまま構成員に帰属し、団体という存在には帰属しない。

 

会社の種類(フォーマット)

———

【今回のテーマ:会社の設立
会社の一生を人に例えると…

〇設立
出生:権利能力を取得し、出生届を役所に提出、戸籍に記載される。
→ちなみに、基本的人権は
「生まれながらに持っている?」「法律によって与えられるもの?」
綺麗な言い方をすれば前者だが、実際は法律がないと人の権利は無いに等しい。
例えば、無戸籍児は国から権利が与えられない。
∵戸籍に載っていない、住民票もないという状態では
国が権利や保護を与えたくとも、やりようがないから。
法的にその人は存在しないことになってしまう。

○解散・精算
死亡(死亡届の提出、除籍)
外国籍の取得?(国としてその人が居なくなる)

事業譲渡
(会社の一部門を譲渡する行為、会社法上、一方の法人格は消滅せず。)
里子に出すこと?臓器提供?(中身だけの移動。例えづらい!)

〇会社分割・合併・M&A
(合併の場合:会社法上、一方の法人格は消滅する
(合併の場合:登記上、一方の会社の登記は抹消される)
結婚(婚姻届を提出、新戸籍を二人で作る=親の戸籍から抜ける)

※ちなみに、戸籍法上の「入籍」と婚姻届の提出は別の概念。
入籍とは「すでにある戸籍に誰かが入ること」。
初婚の二人の夫婦の戸籍は初めて作られるので、
本来の意味での入籍ではない。(「内縁事情.com」より)

離婚(離婚届を提出し、筆頭者でない側が戸籍から除籍される)

※ちなみに、親の戸籍に戻れるのは筆頭者になっていなかった人。
また、成人していれば自身が筆頭者の単独戸籍を作ることも可能。
戸籍は自由な住所で作ることができる。住んでいなくともOK。

国が人を管理するのは複雑・・・(戸籍、住民票、マイナンバーなど)
国が会社を管理するのもまた同様なのである。


第2回:会社の設立

【設立とは】
株式会社の設立とは、発起人が中心となってグループを形成し、
(設立の準備をした後)法人格を取得し株式会社として成立すること。
⇒法人格は、設立の登記時に取得となる(会社法49条)。

会社の設立

人の場合、権利能力を獲得するのは出生時(民法3条)。
(※出生届を出したとき、ではない)
ただし、成人するまでは行為能力が制限される。

<参考:人の始期>
人の始期は、法律上において出生の厳密な時期、いつ誕生したことにするのかをめぐる議論。人間は法律上の各種の権利の主体となるが、どの時点で権利の主体として認めるのが相当であるかについては、さまざまな議論がある。
———
全部露出説(民法)
「胎児の身体が母体から全部露出した時点」を、法的な「人の始期」とする説である(日本での民法分野における通説)。
⇒一部だけ出ている時点では、まだ「人」とはいえない
一部露出説(刑法)
「胎児の身体が母体の外から見えた時点(一部が露出した時点)」を、法的な「人の始期」とする説である(日本での刑法分野における判例)。一部でも母体外に出れば、母体とは無関係に直接の攻撃が可能であることを理由とする。
Wikipediaより)
⇒もし命を奪われれば「殺人罪」
設立の登記時 出生時
会社法49条
(株式貸家の設立)
株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。 民法3条
(権利能力)
1 私権の享有は、出生時に始まる。
2 外国人は、法令又は条約の規定により禁止される場合を除き、私権を享有する。
会社法3条
(法人格)
会社は、法人とする。
民法34条
(法人の能力)
法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本的約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。

ここでおさえておきたいのが「能力」。
法律では、“何かができること”に「能力」という言葉を用いる。

権利能力:生まれながらにして持っている権利
権利能力:自然人(≠法人)は基本的に全ての自然権を持つ
行為能力:法律上、法律行為(取引)が制限されているか
行為能力:制限例・・・未成年者の契約等
行為能力:※未成年であっても法律行為はできるが、制限される。

⇧それぞれ厳密な意味は違うので注意。
以下が該当条文。

民法3条(権利能力)
「私権の享有は、出生に始まる。」
民法5条(未成年者の法律行為)
「1 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第1項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。」
<参考:胎児の人権>
胎児は原則として権利能力を持たない。
しかし以下の場合においては、民法上、権利能力が認められている。

相続と遺贈(※停止条件、解除条件) 損害賠償請求
民法886条1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。 民法721条 胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。
同2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。 民法783条1項
※母の承諾があれば認知を受けることもできる
父は、胎内に在る子でも、認知することができる。この場合においては、母の承諾を得なければならない。
同2項 父又は母は、死亡した子でも、その直系卑属があるときに限り、認知することができる。この場合において、その直系卑属が成年者であるときは、その承諾を受けなければならない。

※直系卑属=子・孫など自分より後の世代で、直通する系統の親族のこと。また、養子も含まれる。兄弟・姉妹、甥・姪、子の配偶者は含まれない。
姫路市HPより)

話を会社法に戻そう。
法人の権利能力については、以下のとおり定められているが……

民法34条(法人の能力)
法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う

実際、会社の権利能力は広く解されている。
※法律には書いていないが
“目的の範囲内”を広く解することで、
結局ほとんどが認められている。

定款上の目的の範囲外の行為を会社がおこない、
後にそれが会社にとって不利益だと分かると、会社としてはなかった事にしたい。
そもそも(法的な意味で)行為できないのなら(無効なら)
その法律行為をなかったことにできるのではないか?

⇩そうすると…

取引の安全(=一度成立した契約関係などを大事にすること)が害されてしまう。
八幡製鉄事件、一度献金したものをなかったことにできるか。
(なお、会社が返せと言えるかと、代表者の責任は別。)

「会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならない」
最高裁判所大法廷判決昭和45年6月24日

⇒結論、政治的献金はOK。
→人しかできない権利・人にしか認める必要のない権利以外であれば、
大体何でもできる、というのが会社。
こういった能力までを獲得するのが法人格の取得であり、会社の特徴の一つ。

では、法人格取得前の会社の行為はどうなるのか?
(⇧会社法のひとつの論点!)

———

【設立中の法律関係】
登記するまで会社は生まれていない。

だから、登記前の行為は基本的に会社には帰属しない。
⇒でもそんなことを言っていては、何もできないのが現実。
判例上、ある程度のことはできるようになっている。

「発起人」が権限内でおこなった行為の効果は、会社に引き継がれる。

“権限の範囲内”とは、どこからどこまでか?

———

【株式会社の「発起人」とは】
発起人には以下二つの要素がある。
・会社のルールを決めて設立手続きを行う。
・(基本的にそのまま)株主になる。

発起人は代表取締役とは異なる機関
(⇧こちらは設立後に会社の行為をおこなう人)
発起人は設立のみ行い、経営は(代表)取締役に任せている。
⇒設立を企画し、設立事務を行い、会社の株式を最低1株は引き受ける。
(=会社の設立後「株主」になる。発起設立。)

つまり、設立手続きに必要な行為が“権限の範囲内”となる。

⇩その行為とは具体的に…

・株式の引受け、払込みに関する行為
・創立総会の招集
・定款認証料・印紙税
・払込取扱機関に支払う手数料・報酬 など
※法的手続きを経ないと、会社は生まれたことにならない!

発起人が設立前に行なった事務所の賃貸や事務員の雇用などは権限の範囲内の行為として、また、設立後の会社の事業行為などは「法人」となった会社の行為として、どちらも会社に権利義務が帰属する(法人性)。
(※会社の3つの特徴・性質:法人性、営利性、社団性)

発起人が権限内で行った行為の効果は、当然会社に引き継がれる。
権限外の行為を行うと、
法人格がないときの行為会社にはその効果が引き継がれずに
発起人個人の行為ということになる。

———

【会社の特徴:営利性とは】

会社法5条(商行為)
「会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は、商行為とする。」

⇩ここで浮かぶ疑問。

・「法律に規定されているから営利性があるといえるのか」
・「営利性があるから法律に規定されたのか」
『営利性がなければ会社として目的がなくなってしまうので、後者』?

⇩実はどちらでもOK。大切なのは、

「何か一つ目的を定めると、法律の規制の方針が決まる」ということ。
⇒“営利性”という会社の特徴を決めた瞬間、
さまざまな利害調整、ルールの方向性が決まっていく。
目的が定まっていればルールはブレることがない!

会社においては、
「事業で得た利益を構成員に分配すること」
「商行為をすること、商行為をして営利性を追求すること」
これらも目的のうち。(株主利益最大化原則)
(一般社団法人、公益社団法人、NPO法人等では利益の分配は予定されていない!)
これらの目的があることで、
会社法の利害調整ルールの方向性が決まっていく。
※株主(社員、構成員)は、取締役等に利益を上げるように行動してほしい。
⇒大きな意思決定をするのは株主だが、行動するのは取締役等。

利益を最大化させない行為は規制される。

会社法356条(競業及び利益相反取引の制限)
「取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
1  取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
2  取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
3  株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。」

取締役は、株主から委任を受けて会社の経営を任されている。
つまり、取締役のもつパワーもなかなかに大きい。
(株主と取締役は一致しない。株主は会社のオーナーである。)

会社(=株主)の利益を害する可能性があるため、会社法で規制されている。

会社の利益を最大化するために各機関(取締役)は行為すべし、とするのが会社法。

———

【会社の特徴の一つ:社団性】
社団:個人から独立した、人の集合体という意味。
(⇔財団:財産の集まり)
法人格があるかどうかとは別。
(法人格まで認めなくとも単なるグループで良い)
かつては、設立時に複数の構成員を要求していることがあった。
※株式会社では、設立時の発起人の人数として7名を要求していたが、
平成2年の法律改正で撤廃された。
以降、一人で会社を作ることも認められる

社団性にどこまで意味があるのか、
という疑問は残るが
今も概念として残ってはいる。
⇒一人で始めた事業でも、発展する(=人が増える)可能性があるので、「社団性」という概念は失われていないのでは。

構成員が一人でも「人の集合体」として活動することもある。
(屋号、芸名、ペンネーム(一人でつける/複数人で一つを使用)等)
⇒別人格として会社を一つ用意することに不都合はない、ということ。

社団性は、会社に関与する人が複数人でてくる点の根幹にある。

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【設立する会社の形態選択】
以前紹介した4つの会社形態;合名会社、合資会社、合同会社、株式会社

全社員が有限責任である合同会社株式会社の実務上の違いはどこにあるのか?
※日本では、「株式会社の方が格上」というイメージを持たれやすいが、アップルの日本法人や西友は合同会社を選択している。

所有と経営が密接になっているので、
社員(株式会社でいう「株主」)と代表者が一致している。

代表社員(「株主」的な存在+「代表取締役」的な存在)に、
法人がなることができる。
⇒外国法人が日本に会社を作るときに利用することが多い。

その他のメリットは、登録免許税が安いことなど。

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【株式会社の特徴(構成員多数を想定)】
①所有と経営の分離
「株主」(オーナー)と「取締役」(運営者)は別。
基本的には、
取締役:会社の経営を決める
株主 :会社の基本的・重要なことを多数決で決める。
※他の形態では、所有と経営は同じ要素が強い。
⇒1人で運営している会社に関しては一致していることが多いが、
会社法上求められて(予定されて)いる特徴としては「分離すべき」。
∵構成員が多くなると意思決定ができなくなってくるので、
経営を誰かに任せたほうが良い、ということなる。
とはいえ、会社は株主のものなので、大事な意思決定は株主が多数決で決める。

②株主の有限責任(⇔無限責任)

会社法104条(株主の責任)
「株主の責任は、その有する株式の引受価格を限度とする。」

⇧この定めがないと株主は困ってしまう。
構成員が多くなるほど、彼らが把握しないことも会社はやり始める。
そうなると責任が負いきれない。
また、株主は細かい意思決定をせず経営にも携わっていないため、
とれる責任もこれが限界。

例えば、賠償義務は会社が負う。
うっかりその会社の株を持っていた場合に、株がただの紙切れになるだけでなく、
それ以上の責任を負わされるとなると酷である…。
※だからリスクは限定される!

③株式の譲渡性細は次回以降)
株主は基本、いつでも株主を辞めることができ、誰に譲渡しても良い。
しかし、会社に株を買い取ってもらうことは基本的にはできない。
(例外:総会決議を経ての自己株取得、しかし要件は厳しい

そのため、ほかの人に株を譲渡して、現金化する。
∵会社債権者の保護、会社資金が配当で出ていってしまうと
お金が回収できなくなる可能性があるから。

なお、会社としては見知らぬ人が株主になることを防止するために
譲渡制限をかけることができる。

④機関の分化(詳細は次回以降)
代表取締役、取締役(取締役会)、監査役(監査役会)、会計監査人など・・・
「会社」の立場で行為をする人を定めることが出来る。

⇒会社自体に意思はなく、機関が動かしている。
そのため独任制にしてしまうと、ステークホルダーの利益を害する可能性がある。
相互に牽制しあって会社を運営しよう、ということで様々な機関を定めている。
※これも株主が多く、所有と経営の分離から生じる点!

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【定款とは】
会社の組織と活動に関する根本規則のこと。要は会社の基本ルール。
会社設立の際に必ず必要になる。(⇦これ自体が法律で定められている)
⇒定款の目的の範囲内でしか(基本的に)会社は権利能力をもっていないから。要するに、できる行為が書いてある!(判例上ほとんど無視されているが…)

定款は、公証人に認証してもらう必要がある。
→内容を確認し、言った・言わないを避けるため。
「私の署名した定款はこれではない」というトラブルを避ける。
※公証人=「ある事実の存在、もしくは契約等の法律行為の適法性等について、公権力を根拠に証明・認証する者のことである。」(Wikipediaより)
裁判官や検事が退任後に就き、公証人が認めた文書は法律上“あっている”とする。
ただし、設立以降は株主総会の特別決議で変更可能。
(議事録は残す必要あり)

また、会社法は
定款に記載しなくてはならない絶対的記載事項を定めている(後述)。

※定款では
機関・本店を置く場所はどこか、
会社の目的は何か、
取締役・監査役・会計監査人を付けるか、
株式は自由に譲渡できるか、
決算期はいつか(3月末や12月末でなくても良い)、などなどを定める。

※上場会社の定款は、東京証券取引所ウェブサイトで閲覧することができる。

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【株式会社の設立手続き】

発起設立
発起人が会社成立時に発行される株式の全部を引き受ける方法。
(会社法25条1項1号)
募集設立
発起人は会社成立時に発行される株式の一部のみを引き受け、
残りの株式は発起人以外の引受人を募集する方法。
(会社法25条1項2号)

実務上、使われるのは殆ど発起設立
募集設立の利用数は極めて少ない。(ほとんどゼロ)

「募集設立に対する利用のニーズが減少している」
会社法制の現代化に関する要綱試案補足説明(平成15年10月)より)

会社の株式を募集する方法で、詐欺に利用されてしまうこともある。
⇧こうした方法は、金融商品取引法などで厳しく規制されている。
だから、手続きが大変で利用も少ない。

*利用が少ないとはいえ、募集設立の手続きも簡単に説明したい。

発起設立に比べ、募集設立はより厳格な手続きとなる。
∵募集設立の場合には、
発起人以外の株式の引受人には、会社の内部事情がみえにくい。
⇒投資公衆の保護の必要性

⇩具体的には・・・

  • 出資の払込みについて、
    払込取扱機関が払込金の保管証明の義務を負っている(会社法64条)。
  • 創立総会を開催する必要がある。

上記の点などにおいて、発起設立とは手続が異なっている。

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【発起設立の手続①】

概観:会社として成立するために必要なこと

1. 出資比率、役職の分配、会社の運営方針等についての交渉
(設立時株主が複数いる場合)
⇒会社の根本ルールを定めるため、発起人同士で行う
2. 定款の作成
3. 株式発行事項の決定と株式の引き受け
⇒一株いくら、を決める
4. 出資の履行
⇒決定した株価の金額を振り込んでもらう
5. 設立時役員等の選任
6. 設立登記

なぜ会社設立には登記が要求され、細かな手続きが必要となるのか?

そもそも、権利の帰属主体になるための要件が厳しいから。
「法人」として権利義務の帰属主体となっているかどうかは、非常に重要なこと。
∵その会社にしか責任がいかない(=権利義務が帰属しない)から。

例えば…

会社だと思って取引をしていたら、実態がなかった。
⇒非常に困る!だから登記をする必要がある。
登記をしていれば誰でも閲覧可能なので、会社の実在を確認できる。
(※実在することが分かるだけ。財産がどれ位あるのかは不明なのが現実…)

※ただし、所定の手続きを経れば誰でも設立できるのが株式会社。
これを準則主義という。

準則主義=法人の設立にあたり、法律などにのっとり、それを根拠としたり準じているならば行政機関が採る主義として法人格を付与する原則的な方針。 行政機関の裁量や判断として法人格を許可するのではなく、該当する法律などの要件を満たしておれば法人の設立を拒む理由がなく法人格が付与される事を言う。
(Wikipediaより)

(免許主義ではないため会社の内容が審査されることはない。
ただし、明らかに公序良俗に反するものは難しい…?)

———

【発起設立の手続② :定款の作成】

絶対的記載事項
決めないと会社が設立できない事項
(目的、商号、本店所在地、出資額、発起人の名称)⇨人が生まれる時と同じ
相対的記載事項
決めなくても良いが、決めた場合には定款に記載しないと効力が生じない事項
(現物出資、財産引受、発起人の報酬等、設立費用)

⇩発起設立における絶対的記載事項は・・・

1. 会社の目的(27条1号)
2. 商号(27条2号)
3. 本店の所在地(27条3号)
4. 設立に際して出資される財産の価額またはその最低額(27条4号)
(資本金の額)
5. 発起人の氏名・名称および住所(27条5号)
6. 発行可能株式総数(37条)
会社法Visual Materials22~23頁参照)

⇧これがなければ会社とはいえない、という最低限のもの。

———

【発起設立の手続③:株式発行事項の決定と株式の引き受け】
設立時発行株式:設立の際に発行される株式のこと。
株式の引き受け:出資を行って株主になることを指す。

設立発行株式に関する事項(株式発行事項)のうち、
重要な事項は定款に定められ、その他の事項は発起人の多数決で決定される。

発起設立の場合、発起人が設立時発行株式の全部を引き受ける。

⇩大切なのはステークホルダーとの利害関係の話

*資本金と資本準備金
会社債権者の保護のため、
一定の財産を配当として社外に流出させることが制限される(会社財産の確保)。
その時の計算の基準となるのが資本金である。
これを少なくする方が、配当は増やしやすい。
⇒資本金として示された金額を常に会社にプールしなければいけない訳ではなく、
基準として「いくらまで配当できるのか?」を決めているのが資本金。
なお、出資額のうち半額までは、資本準備金にすることができる。

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【発起設立の手続④:出資の履行】
発起人は株式の引受け後、遅滞なく、引き受けた設立時発行株式分の全額の払い込みをする(会社法34条1項)。

金銭の払い込みは、発起人が定めた払込取扱機関(銀行・信託銀行等の金融機関)の払込取扱場所において行う(会社法34条2項)。※要は振り込み。

出資の履行がなされない場合には・・・
⇒催促を経て、
最終的には失権(設立時発行株式の株主となる権利を喪失)する。

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【発起設立の手続⑤:出資の履行の方法】
株式の対価を現金で支払う以外に、現物出資という方法がある。
現物出資:金銭以外の財産による出資のこと。
(動産、不動産、債券、有価証券、知的財産権など)

現物出資は、定款への記載が要求される(会社法28条)ほか、
原則、裁判所の選任する検査役の調査を受けなければならない(会社法33条)。
∵金銭ではないため、目的物の価値評価が不当になる可能性がある。
(ものの価値なんて何時どうなるか分からない…)
他の出資者とのバランスや、会社債権者を害する恐れがある。

※基本的には裁判所に検査役(大体こういうのは弁護士がやる)
をしてもらって調査をしてもらう。かなり大変。

例外としては、33条10号、500万円以下、市場価格のある有価証券。
(それでも手続きが大変なので、あまり行われない。)

⇒その他の手続きの組み合わせでカバーする。

———

【発起設立の手続き⑥:出資の履行後に行うこと】
〇設立時取締役の選任
⇒発起人は1株につき1議決権を持ち、
議決権の過半数によって、設立時取締役を決める。

〇設立登記
⇒株式会社は、その本店の所在地において
設立の登記をすることによって成立する(会社法49条)。
⇒登記時をもって、法人格を取得する。

———

【まとめ】
“設立”とは、設立の登記時。

会社法49条(株式会社の成立)
「株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。」

 


今回はここまで。

会社の設立や能力も、
「人」に置き換えればなんとなく身近になります。
「法人」も生きていて、人格があって、法に律されているのですね。
この考え方で新たに気づく点もあるかもしれません。

次回のテーマは「株式」です。お楽しみに。

企業法・授業まとめ-第1回-

弊所ホームページにてお知らせをしておりましたが、
代表・平山剛は慶應義塾大学総合政策学部にて下記講義をおこなっておりました。
・企業法(会社法)(2015, 2016)
・企業法演習   (2017)

これらの90分に及ぶ授業内容を
なんと、こちらのブログでもお伝えすることとなりました。

「学生時代にこんな授業とってた」
「これまで学ぶ機会がなかったな」
「知識として学んでみたいかも」

そんな気持ちをお持ちの方にぜひ、楽しんでお付き合いいただければ幸いです。

<記事内の色分けについて>
●オレンジ
講義中、学生の方々に言葉の意味・意義に関する質問を投げかけています。
視野を広げてくれる回答も多いかと思いますので、ぜひご参照ください。
●ブルー
講義の本軸に加え、ポイントや補足として平山がお話した内容になります。
多少口語的ですが、“授業”の臨場感を味わっていただければと思います。

 


 

第1回:会社の構成、基本構造

【企業法(会社法)とは?】
まず、そもそも企業とは何だろうか。
会社との違いは何か。

『企業は経済活動をするためにあって、会社は利益を生むためのもの。』?
『我々が生活していく上で必要な財やサービスを提供してくれるところ』?

そんな考え方もあるかもしれない。

※「企業法」という法律があるわけではなく、
会社法も、数多くある企業に関する法律のうちのひとつ。
会社法、商法、金融商品取引法などを、まとめて企業法と呼ぶ。

講学上の回答だと、企業とは
「現代の経済システムの中で、経済活動を行う主体」で、
「計画的・継続的に利益を取得して企業の構成員に
分配することを目的とするもの」
である。

※講学上の概念=法律学を研究する上で用いられる用語であって、
法令上用いられる用語ではないもの。

⇩意味を理解するため
「現代の経済システムの中で、経済活動を行う主体」の言葉を分けて考えてみる。

  •  この「主体」とは何を指すのか。
  • 「会社」というものは存在するのか。
    実際あるから存在するが、何が「会社」?
  • 「会社」と「人」では何が違うのか。
    『会社は組織、人は人間』?

    『会社は構成員が同じ目的をもって利益のために動く団体、人は個人』?
  • じゃあ、そもそも「人」とは何なのか。
    『人間が社会で生活していれば人。
    社会とは、人間が中心になって作り上げたコミュニティ。』?

⇒このように、ひとつひとつ”当たり前に思っている言葉”の意味を考える作業も
法的思考には必要となってくる。

———

【法人と法人格】
企業に関連して「法人」「法人格」という言葉がある。
ここで考えたいのは、

・「法人」、「法人格」という言葉の意味
・「人」の人格と「法人」の人格の違い
『目的が違う』?
・そもそも「人権」とは何か
基本的人権で考えられるのは
『生存権(憲法25条)、教育を受ける権利、表現の自由など』?


「人権」とは主に基本的人権である。
これは国家から侵害されないために憲法上尊重されている権利のこと。
自然権的性質が強く、
法に与えられたのではなく、生まれながらにもっている権利(という説)である。
※人権は自然権の代表的なもの

⇩そこで浮かぶ疑問

  • 法人(会社)は「人」の権利をもてるのか?認めるべき?
    『認められているけど、制限されていそう』?
  • また、物や動物はどうだろうか?
    『必要ない』?『認められてもいいのでは』?

⇩以下の環境訴訟を確認

オオヒシクイ訴訟(東京高等裁判所判決 平成8年4月23日)

「本件は、オオヒシクイ個体群を茨城県の住民であるとして、その名において、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、同県に代位し、知事である被控訴人に対し、被控訴人はオオヒシクイ個体群の越冬地全域を鳥獣保護区に指定しなかったことにより同県の威信を著しく損なわせ、重要な自然環境の要素にして重要な文化的財産を損傷させたとして、不法行為による損害の一部2257万2000円を同県に賠償するよう求めた事案の控訴審である。
およそ訴訟の当事者となり得る者は、法律上、権利義務の主体となり得る者でなければならず、このことは民法、民事訴訟法等の規定に照らして明らかなところというべきであり、したがって人に非らざる自然物を当事者能力を有する者と解することは到底できない。住民訴訟の当事者となり得る者についてもこれと異なる解釈をする余地は全くない。当事者能力の概念は、時代や国により相違があるのは当然であるが、わが国の現行法のもとにおいては、右のように解せざるを得ない
そうすると、本件控訴も、当事者能力を有しない自然物であるオオヒシクイの名において控訴代理人らか提起した不適法なものであり、これを補正することができないことは明らかであるから、却下を免れない。」

《解説》
わが国の民訴法の教科書及び注釈書等で自然物の当事者能力について触れたものはないようである。これに対し、アメリカにおいては、かつて奴隷等が物とみなされていたが、後に人格を認められたのと同様、自然物にも当事者能力を認めるべきであるとの学説が存し、動物の名で提起される訴訟もある。
良く知られているのは、ハワイ島のパリラ鳥(ミツドリの一種)を原告とする訴訟であるが、その訴状においてはパリラの近友(後見人)として、シエラ・クラブ等の環境保護団体が付いており、判決においては、環境保護団体三者及び自然人一人の当事者能力についてのみ言及されているものである(なお、合衆国法典16編1540条は、この種の訴訟について民衆訴訟を許容している)。
この種の野生動植物を原告とする訴訟は各地に少なからずあるようであり、本判決が「当事者能力の概念は、時代や国により相違がある」と述べた部分を評価する向き(平8・10・14付東京新聞。なお、平9・6・8付朝日新聞社説参照)もあるので、当然の結論ではあろうが、これを紹介する。
(判例タイムズ957号194頁より引用)

つまり、動物に権利は認められなかった。(他にもアマミノクロウサギ訴訟の例)
※法律上、動物は「モノ」として扱われる。傷つければ「器物損壊罪」。
では会社も同じ扱いになるのか?

法人には、
持つべき・持たざるべき権利、持つことができる・できない権利が存在する。
⇒「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の
範囲内において、権利を有し、義務を負う。」(民法34条)
 ※定款=法人の基本的なルールを定めたもの

———

ここで、学生生活において身近な「人の集まり」であるサークルを例にとり、
会社との違いを確認していきたい。

サークルは「組合」という概念に近い。

会社(法人) サークル(組合)
民法34条
(法人の能力)
法人は、法令の規則に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う。 民法667条
(組合契約)
1 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。
2 出資は、労務をその目的とすることができる。
会社法3条
(法人格)
会社は、法人とする。 民法668条
(組合財産の共有)
各組合員の出資その他の組合財産は、総組合員の共有に属する。

たとえば財産であれば「組合」として単独で所有するのではなく、
「総組合員」という人の集まりで共有するのである。
単なる人の集まりか、それを超えての「人格」が認められているか、が異なる点。
⇒会社とは、
法によって認められた瞬間に「人の集まり」を超えて「人格」が認められる。

法律で“会社”として認められていない限りは、所詮「人の集合体」でしかない!

会社とサークルの違い

<例外>
「法人」でなくても、一定の場合には
ある程度の「法人格」類似の人格を有しての行為ができる。
※「権利能力なき社団」というものもある

権利能力なき社団
社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために法人としての登記ができないか、これを行っていないために法人格を有しない社団をいう。ドイツ法や日本法における概念。人格なき社団、ないしは任意団体ともいう(日本国内における法令用語としては人格のない社団)。
典型的なものとしては、設立登記前の会社、町内会の多く、入会集団(入会団体)、政党要件を満たさない政治団体、マンションの管理組合、サークル、学会などがある。
Wikipediaより)

●民事訴訟法29条(法人ではない社団等の当事者能力)
「法人ではない社団または財団で代表者または管理人の定めがあるものは、その名において訴え、または訴えられることができる。」

⇧この条件を満たせば、サークルでも訴えを起こすことができる!
しかし、あくまで権利義務の帰属主体にはなれない。
∵権利を持つためには「人格」が必要であるから。
⇒名称ではなく、法によって認められているかどうかで決まる
(名称を用いて良いかも法によって決まるが…)

以下該当例⇩

・NHK(日本放送協会)
「協会は、前条の目的を達成するためにこの法律の規定に基づき設立される法人とする。」(放送法16条)

・コープ(消費生活協同組合)
「消費生活協同組合及び消費生活協同組合連合会(以下「組合」と総称する。)は、法人とする。」(消費生活協同組合法4条)

———

【会社ができること、人ができることの違い(法律行為として)】
では、法人に帰属する権利はどこからどこまで?
”法律行為”として、できることに制限はあるのだろうか。

また「法人格」とは「法」によって与えられた「人格」であるが、
法人の「権利」と自然人のもつそれは、違いがあるのだろうか。
※法人擬制説、法人実在説

法人犠牲説
法人は社会的実在ではなく、
単に法律上の目的のために設定されているにすぎないとする説。
法人実在説
法人は社会的実在であり、さまざまな法律関係の主体となり得るとする説。
コトバンクより引用)

「権利」を独自に持つ意味は?必要はあるのか?

⇧このように、当然のように思っていることを疑うこと。
”当然のように認められること”の理由を説明するのは難しい。

ここで以下の判例を参照したい。
(会社が自民党に政治献金したところ、
株主が”目的の範囲外”として訴えを提起〔役員の責任を追及〕した事件。)

八幡製鉄所事件(最高裁判所大法廷判決 昭和45年6月24日

<要旨>
1、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎり、会社の権利能力の範囲に属する行為である。
2、憲法3章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものであるから、会社は、公共の福祉に反しないかぎり、政治的行為の自由の一環として、政党に対する政治資金の寄附の自由を有する。
3、商法254条の2の規定は、同法254条3項、民法644条に定める善管義務をふえんし、かつ、一層明確にしたにとどまり、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものではない。
4、取締役が会社を代表して政治資金を寄附することは、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内においてなされるかぎり、取締役の忠実義務に違反するものではない。

<判決文の一部を抜粋>
 会社は定款に定められた目的の範囲内において権利能力を有するわけであるが、目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行するうえに直接または間接に必要な行為であれば、すべてこれに包含されるものと解するのを相当とする。そして必要なりや否やは、当該行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつてこれを決すべきではなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならないのである。

ところで、会社は、一定の営利事業を営むことを本来の目的とするものであるから、会社の活動の重点が、定款所定の目的を遂行するうえに直接必要な行為に存することはいうまでもないところである。しかし、会社は、他面において、自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであるから、それとしての社会的作用を負担せざるを得ないのであつて、ある行為が一見定款所定の目的とかかわりがないものであるとしても、会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものであるかぎり、その期待ないし要請にこたえることは、会社の当然になしうるところであるといわなければならない。そしてまた、会社にとつても、一般に、かかる社会的作用に属する活動をすることは、無益無用のことではなく、企業体としての円滑な発展を図るうえに相当の価値と効果を認めることもできるのであるから、その意味において、これらの行為もまた、間接ではあつても、目的遂行のうえに必要なものであるとするを妨げない。災害救援資金の寄附、地域社会への財産上の奉仕、各種福祉事業への資金面での協力などはまさにその適例であろう。会社が、その社会的役割を果たすために相当を程度のかかる出捐をすることは、社会通念上、会社としてむしろ当然のことに属するわけであるから、毫も、株主その他の会社の構成員の予測に反するものではなく、したがつて、これらの行為が会社の権利能力の範囲内にあると解しても、なんら株主等の利益を害するおそれはないのである。

以上の理は、会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。そして同時に、政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、政党のあり方いかんは、国民としての重大な関心事でなければならない。したがつて、その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではないのである。論旨のいうごとく、会社の構成員が政治的信条を同じくするものでないとしても、会社による政治資金の寄附が、特定の構成員の利益を図りまたその政治的志向を満足させるためでなく、社会の一構成単位たる立場にある会社に対し期待ないし要請されるかぎりにおいてなされるものである以上、会社にそのような政治資金の寄附をする能力がないとはいえないのである。上告人のその余の論旨は、すべて独自の見解というほかなく、採用することができない。要するに、会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為であるとするに妨げないのである。


結果、この行為は問題なし。
会社は、だいたい人がすることはできる。
<重要なのはリーガルマインド!>

リーガルマインド
法律の実際の適用に必要とされる、柔軟、的確な判断。
コトバンクより)
要するに頭の体操。細かな知識の土台になる法的なものの考え方。結局はソクラテス・プラトンあたりから始まっており、人間の考えている常識のルールの話である。

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【会社の社会的な存在意義】
株式会社の経営には、さまざまな関係者が存在する。
⇒会社所有者、債権者、従業員、経営者など
こうした利害関係人のことを「ステークホルダー」という。

⇩個人の関係であれば、個人同士のルール(民法など)で良いが・・・

個人としての権利関係

 

⇩ステークホルダー間だとそうはいかない。関係性もより複雑に…

株式会社経営の関係者

 

・ステークホルダーの自己実現の場としての株式会社の在り方
・ステークホルダー間の利害関係を合理的に調整するためのルール

これらを規律したのが会社法である。

各法律が関係する箇所

 

〇各ステークホルダー

会社所有者(構成員・株主) 余剰利益が帰属する:価値を最大化させることに関心
債権者 債権を回収したい :貸したお金が返ってくれば良い
経営者 経営を任される  ※エージェンシー問題
従業員 報酬を得たい   ※関係は労働法で規律

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【会社の種類】
会社法上、以下の4つが規定されており、それぞれ法人格が認められている。

①合名会社
②合資会社
③合同会社
④株式会社
※①~③をあわせて「持分会社」という

それぞれの違いは、
人(構成員)と会社の人格がどの程度切り離されているか。

※ここでいう社員とは、株主を指す。
そして、この株式会社の社員たる地位のことを株式という。
会社法上の「社員」と日常の用法とはズレがあるので注意。

⇩それぞれ見ていくと…

①合名会社
最も団体性が弱く、全社員が無限責任社員であるため
全社員が業務を執行し、会社を代表している。
つまり、人(社員)と会社の人格は一致している。
株主・社長・会社がすべて一致しているイメージ。
⇒わざわざ会社を作ってまで別人格をもつ必要があまりないので、
日本の法律上、利用されている例があまりない。
②合資会社
無責任社員と有限責任社員の両方がいる。
全社員が業務を執行し、会社を代表している。
①に比べて、有限責任社員がいる分、人と会社の人格の分離は進む。
③合同会社(株式会社と殆ど同じと考えてOK)
社員全員が有限責任社員である。
(出資者(≒社長)は出資額の範囲でのみ、会社の債務の責任を負う。)
全社員が業務を執行し、会社を代表する。(出資者が経営者)
①②に比べ、人と会社の人格の分離は進んでいる。
※合同会社は平成17年に導入された比較的新しい制度
 背景には、ハイリスクハイリターン型のベンチャー企業や、
 ジョイントベンチャーの経営にはその内部関係や定款による
 自由な業態が適していると考えられたため。
 旧「有限会社」とほぼ同じ業態
④株式会社
最も団体性が強い企業形態である。
株主は有限責任であり、所有と経営は分離している。(株主と経営者は原則別
株式の譲渡性あり。(持分会社では持分処分は制限されている。

有限責任 無限責任
株式会社の出資者(株主)は、株主となるに際して、会社に対して出資(=株を購入)するだけで、それ以上の責任を負うことはない。 合同会社、合資会社では出資者(社員)は社員となる際に、出資も行うが、会社が負った負債に対して代わりに弁済する必要もある。

<その他の分類>
・持分会社と株式会社(すでに記載のとおり)
・公開会社と閉鎖会社
・大会社とそれ以外:主に資本金による区別
・その他

…と様々な分類・特徴があるが、大切なのは

それぞれの会社形態において、人(構成員)と会社の人格は
「責任(有限・無限)」によって分けられている。

という点。

⇩ちなみに、日本にある「会社」数は…

〇組織別・資本金階級別
法人数国税庁 平成26年分「会社標本調査」より)

〇上場会社数 (単位:社)(カッコ内は、うち外国会社)
上場会社数

〇月末上場会社
月末上場会社数
日本取引所グループHPより)

 


 

というわけで、第1回はここまでです。

会社とは何か、
法人格とは何か、
何のために会社法があるのか、、、

理解しているようで実はキチンと説明できないかも…
なんてこともあるかもしれません。

次回からはより濃い内容でお伝えしていきます。お楽しみに。