法律古書を探してみた-証文編-

「証文」という言葉をご存じでしょうか。

中世の日本における文書で、文字どおり「証拠を示す」ものですが、
大きく以下の意味使われているようです。

 

①文書の作成時点における特定の事実を証明する文書
(特に権利関係や契約関係にかかるもの)

②訴訟において証拠とされる文書
(公文書、事実の証明を伴わない私的な書状等も含む)

 

事実を証明する「証文」については、
その性質によりさらに分類されていたようです。
例えば、

譲状、処分状   :土地・家屋・財物を子弟などに譲渡する場合に作成
沽券、売券    :売買に際して売主から買主に渡すために作成
借用状、借券、借書:貸借に際して借主から貸主に渡すために作成

などがあります。
古いものでは平安時代から存在していたとのこと。
大まかにいってしまえば契約書全般になるかと思います。

訴訟において証拠とされる「証文」については、
例えば、平安後期に私有地である荘園が増加した際、土地に関する紛争が生じ、当事者が自身の主張を支える文書を提出した際、これを「証文」と呼んだのだそうです。
現在でいう準備書面のようなものだったのですね。

 

さて。
「証文」がどういったものか、雰囲気がつかめたところで
本日の書籍をご紹介したいと思います。

 

日本法律研究会編「間違ひのない証文の書き方」(進文館、1926年)

 

内容は、証文の書式集+解説という形式となっています。
現在もこうした書式集のようなものを多く参照しますが、この当時はどのような解説がされていたのかを見ていきましょう。

 


 

資産や権利にかかるものとしては、今日でも想像に難くない、以下のような書式が紹介されています。
シンプルな内容で、現在でも使用できそうな印象を受けました。

・金銭借用証書
・借地証書
・地上権設定契約証書
・債権譲渡証書
・株券売渡証書

例えば、「金員借用証書」はこのように記載されています。
手引書らしく、文言を置き換えればすぐ使用できるような内容です。

 

 

また、時代の色を強く感じたのは「芸娼妓雇入契約」にかかる項目です。

 

解説文部分を一部ご紹介いたします。

芸妓を抱える時の心得
芸娼妓の身売りをする時には、大抵一種の抒情詩がある。悲劇がある。(略)だから一旦泥水稼業に身を沈めても、機会があれば逃れ出てやろうとする。恰も動物園の虎の如きものである。(77頁)

年期契約の証文
半玉時代から芸を仕込まれて、相当の年齢に達すると一本になる。(略)少し売れて来ると芸者の方でも欲が出てくる。抱え主にばかり甘い汁を吸われるので馬鹿らしくて堪らない。(略)
此際堅い契約がしてあれば、ドッコイ、証文が物を言うと強味に出られるが、証書の書方にあやふやな処があると、折角の金箱を玉無しにして了う事がある。(80頁)

娼妓を抱える場合
自由廃業が認められて以来、抱え主の最も怖れるのは此の自由廃業である。せっかく高い身代金を出して、これから売れ出そうとする矢先、半年か一年で逃出された日にはたまらない。(略)
殊に自由廃業と云う強味があるから、イザとなれば警察へ駆け込んで、抱主が虐待するとか、病身でトテモ勤まらぬとか云うを口実に、自由廃業を結構する。それでは元も子もすって了わねばならぬ。(84頁)

 

・・・現在では様々な方面から意見が飛んできそうな書き方です。
その上で、労働者ではなく、雇う側に寄り添う内容であることが非常に印象的でした。

せっかくですので少し調べてみますと、

明治時代に入ると、1871年(明治4年)に「身分解放令」が出されるなど、人権問題を解消しようという流れがありました。
そのような中、翌1872年(明治5年)に明治政府は遊女の人身売買規制などを目的として「人身売買ヲ禁シ諸奉公人年限ヲ定メ芸娼妓ヲ開放シ之ニ付テノ貸借訴訟ハ取上ケスノ件」、いわゆる「芸娼妓解放令」を発しましたが、売買春を禁止するものではなく、法律としての機能はあまりなかったようです。

また、別の名を「牛馬きりほどき令」とも呼ばれています。
これは、「娼妓芸妓ハ人身ノ権利ヲ失フ者ニテ牛馬ニ異ナラズ」との文言が含まれていたことに由来しますが、続く文章を含めると、つまり
「娼妓は人身の権利を失っている人たちで、牛馬に外ならない。人が牛馬に物の返済を求める理由はないから、今まで娼妓に貸したお金はすべて返済を求めてはいけない。」
という記載がされていたのだそうです。

いくら人権を守ろうとする動きであろうと、このような内容が実際に法律に記されていたとは・・・言葉を失ってしまいます。

その後、1900年(明治33年)には「娼妓取締規則」が発布され、そのなかで「自由廃業」が規定されたものの、「廃業の自由」は事実上不可能だったようです。
ただ、法律では規定されていますから、抱え主の権利を“守る”ためにも、書籍ではその点に触れながら証文の書き方が解説されていたのですね。

 


 

続いて、訴訟等にかかる証文の解説がなされています。
法律事務所としては思わず注目してしまう記載ばかりです。

・委任状
意識したことはありませんでしたが、確かに証文といえますよね。
何か手続きをおこなう際には、ほぼ100%、依頼者の方から委任状をいただきますので、非常になじみがあります。
なお、紹介されているのは、特定の目的に応じたものではなく、何にでも応用できそうなひな形でした。 

 

・登記申請書
現在の登記申請先である法務局は、現在の憲法ができた際、裁判所法が施行されたことにより、裁判所から「司法事務局」として独立した機関です。
そのため、当時の申請先として「裁判所」とされています。

 

・強制執行申請書
「申立」ではなく「申請」とのこと。
ただ、「仮差押え」「執行文」「送達」といった言葉も使われており、大枠としてはあまり変わっていないのだなと驚きました。

 

・民事訴訟の証文
こちらも形式は大きく変わらない印象です。
訴状に請求の目的(訴額など)、請求の原因、証拠方法を記載するほか、印紙を貼る運用も同じです。ただし、控訴の場合、印紙額は第1審の半額であったそうです(今は逆ですから驚きです)。

 

・人事訴訟の証文
現在の家事事件にあたるものが多く記載されていますが、書式としては「訴状」だったようです(現在は「申立書」でしょうか)。
離婚請求をする場合の管轄が夫の所在地裁判所とされていたり、「禁治産」という記載がされていたり、こちらも「過去のものだな」という印象を強く受けました。

 

・刑事訴訟の証文
「告訴状」という書式や、当事者を「告訴人」「被告人」とすることなど、大きな違いは感じませんでした。ただ、公訴に付帯して私訴を起こす場合に「私訴申立書」を提出するなど、細かな手続きによる書面の違いなどは様々あったようです。

 


 

最後に、もう一点興味深かったのは巻末のページです。

 

非常に親切だと思いませんか?
現在の書籍でもこうした記載をしているものがあるのか、探してみようと思います。

◇ ◇ ◇

   

以上、本日は「間違ひのない証文の書き方」をご紹介しました。

なお、こちらの書籍の内容は国立国会図書館デジタルコレクションでも閲覧することができます。他の記載も気になる方は、ぜひご覧になってみてください。

 

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参照:
Wikipedia
コトバンク
法務局HP
品川区/しながわデジタルアーカイブ

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