法律で読み解く百人一首 68首目

いつ終息を迎えるともわからないコロナ禍の現在。今ほど健康に関する意識が高まっている時代はないでしょう。

ひとたびメディアで、ある商品が「免疫力を高める」、「健康に良い」、「●●の症状に効果がある」等「健康」に結びつくとの紹介がなされれば、その商品は瞬く間に店頭から消えてしまう、という現象が起こることも珍しくありません。

「健康」にまつわる商品やサービスが巷に溢れかえっている現代社会においては、私たち消費者としては、何を信頼し、また何を基準にして選択すれば良いか、というのが一番難しいところではないでしょうか。

商品も情報も溢れている状況の中で、優れたキャッチコピーとは、いつの時代も私たちの心を惹きつけるものです。

商品やサービスがどのようなものか、詳しくは知らなくても、魅力的なキャッチコピーだけでつい目が留まり、心が動いてしまうことはないでしょうか?

とはいえ、そのキャッチコピーは、果たして正確か否か、というのはまた別の問題となりますが。。

 

そこで、本日ご紹介する歌は…

【本日の歌】

「心にも あらでうき世に ながらへば

                 恋しかるべき 夜半の月かな」

三 条 院

「こころにも あらでうきよに ながらへば

                    こひしかるべき よはのつきかな」

                             さんじょういん

 

 

小倉百人一首 100首のうち68首目。
平安時代の天皇・三条院(三条天皇)の歌となります。

 

 

歌の意味

「(望みのないこの世ではあるけれど)心ならずも、この辛い浮き世を生き長らえたならば、きっと、この宮中で見た夜の月が、恋しく思 い出されることであろうなぁ。」

心にも あらず:本心ではないけれど
うき世にながらへば:浮き世・憂き世・現世(=儚い世、辛い世)を生きながらえたならば

この歌は、眼病を患っていた三条院の病状が悪化しつつある中
譲位の決意を固めたところ、宮中にて、明るい月の光を目にして詠んだ歌です。

この歌が詠まれた裏にあったものは、美しい月の光とは対称的な、三条院の心の深い闇。闇が深いほど、光はより美しく輝くものかもしれません。

その生涯を紐解いてみると、三条院にとって、現世を生きることがいかに辛かったかが伝わってきます。

 

作者について

 

三条院(さんじょういん・976-1017)

冷泉天皇(れいぜいてんのう)の第2皇子・居貞(いやさだ)親王であり、日本の第67代天皇(在位:1011年7月16日- 1016年3月10日)です。

母は藤原兼家の長女・贈皇太后超子。
その母をわずか7歳で失い、父帝・冷泉上皇は精神病を患っているという境遇で育ち、後見が薄弱でした。
986年7月16日、11歳で皇太子となったものの、25年後の1011年、36歳にてようやく即位することとなります。

やっとのことで即位したのも束の間、3年後の1014年に三条院は眼病を患います。
伝えられるところによると、これは「仙丹」の服用直後のことといわれています。


三条院が服用したこの「仙丹」とは、中国において古代より、服用すると不老不死となり、ついには仙人になれるといわれた霊薬です。
錬丹術という、中国の道教の術によるものですが、原材料には毒物の硫化水銀・硫化砒素が大量に含まれており、実際は人体に有害でした。

古代より、水銀は不老不死や美容などに効果があると妄信されていたことから、秦の始皇帝は永遠の命を求め、水銀入りの薬や食べ物を摂取していたことによって、逆に命を落としたとも言われており、他にも多数の権力者が、同様に水銀中毒で死亡したと伝わっています。

眼病を患った三条院に対し、時の権力者・藤原道長は、その眼病を理由に譲位を迫りますが、実際は、眼病が理由なのではなく、前天皇の一条院と自分の娘・彰子(しょうし)との間にできた皇子を即位させ、自分は摂政として政権を掌握するためであった、というのが裏の理由と言われています。

道長による圧力や権力闘争に疲れ果てた三条院は、眼病が悪化し失明寸前となり、ついに退位を決意します。

そのときに詠んだのが、この歌でした。


もともと病弱であったためか、心身ともに疲れ果ててしまった三条院。
在位わずか6年で、道長が勧めるまま、後一条天皇に譲位し(実際は皇位を奪われた状態)、その翌年、1017年に出家し42歳で崩御してしまいました。

短い在位の間に、眼病、病状が悪化する中、道長からの絶え間ない退位の圧力に加え、内裏が2度も焼失するなど、苦難に満ちた生涯でした。

「不老不死」との効果があるとのことで「仙丹」を服用したことで、眼病となり、
失明寸前まで病状が悪化した挙げ句に、それを口実として天皇の座を奪われる。。

というのも、三条院はたびたび物の怪や天狗に襲われているとのことで、患っていた眼病は、三条院に深い恨みのある僧侶が物の怪になってとりついたせいだとの噂も流れていた、とのこと。

実際のところはどうなのでしょうか。。

 

 

 

表現の自由と広告の制限

 

さて・・・

古代では、「不老不死」とのキャッチコピーで、時の権力者たちが「仙丹」を服用したように、現代では、「健康」に関する様々な情報を選択する際、どのような「効能」があるかを、判断基準の一つとすることもあるのではないでしょうか。

ところが、この「効能」についての広告に関して
憲法21条の「表現の自由」を侵害するか否か
について争われた事例があります。(最判昭和36年2月15日

 

きゅう業を営む男性が、きゅうの適応症であるとした「神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等」の病名を記載したビラを、各所に配布した行為は、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第7条に違反するとして、起訴されました。

男性はこれに対し、

あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(それぞれの資格の頭文字を取り、「あはき法」との通称があります。)7条及び柔道整復師法24条による広告の禁止は、憲法21条により保障される、表現の自由を侵害するものである、として争いました。

(憲法)
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

(あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(通称:あはき法))
第7条 あん摩業、マツサージ業、指圧業、はり業若しくはきゆう業又はこれらの施術所に関しては、何人も、いかなる方法によるを問わず、左に掲げる事項以外の事項について、広告をしてはならない。
1 施術者である旨並びに施術者の氏名及び住所
2 第一条に規定する業務の種類
3 施術所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項
4 施術日又は施術時間
5 その他厚生労働大臣が指定する事項

(柔道整復師法)
第24条 柔道整復の業務又は施術所に関しては、何人も、文書その他いかなる方法によるを問わず、次に掲げる事項を除くほか、広告をしてはならない。
1 柔道整復師である旨並びにその氏名及び住所
2 施術所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項
3 施術日又は施術時間
4 その他厚生労働大臣が指定する事項

あはき法7条及び柔道整復師法24条による広告の禁止は、憲法21条により保障される表現の自由を害するか否かにつき、裁判所は

「そして本件につき原審の適法に認定した事実は、被告人はきゆう業を営む者であるところその業に関しきゆうの適応症であるとした神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載したビラ約7030枚を判示各所に配布したというのであつて、その記載内容が前記列挙事項に当らないことは明らかであるから、右にいわゆる適応症の記載が被告人の技能を広告したものと認められるかどうか、またきゆうが実際に右病気に効果があるかどうかに拘らず、被告人の右所為は、同条に違反するものといわなければならない。」

「しかし本法があん摩、はり、きゆう等の業務又は施術所に関し前記のような制限を設け、いわゆる適応症の広告をも許さないゆえんのものは、もしこれを無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためであつて、このような弊害を未然に防止するため一定事項以外の広告を禁止することは、国民の保健衛生上の見地から、公共の福祉を維持するためやむをえない措置として是認されなければならない」

と判示し、この広告の規制につき

「広告の制限をしても、これがため思想及び良心の自由を害するものではないし、また右広告の制限が公共の福祉のために設けられたものである」

として、当該広告を禁止することは、「憲法21条には違反しない」と判断しました。

 

きゅうの適応症として病名を記載したビラを配布するという行為につき、適応症として、病名等を記載することで、一般大衆に誤った期待を与えるおそれがあり、「国民の保健衛生上の見地から」「公共の福祉を維持するため」、虚偽または誇大広告の可能性があることから、違法であるとされたのです。

この判例では、広告を無制限に許容すると、患者を呼び込むため、虚偽誇大に流れてしまい、それにより一般大衆を惑わすおそれがあり、その結果として、適時適切な医療を受ける機会を逸する結果となることを避けるため、としており、このような事態を未然に防止するためには、一定事項以外の広告を禁止することは、国民の保健衛生上の見地から、公共の福祉を維持するため止むを得ない措置として是認されなければならないとされました。

ちなみに、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師になるためには、あはき法において

第1条 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
第2条 免許は、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第九十条第一項の規定により大学に入学することのできる者(この項の規定により文部科学大臣の認定した学校が大学である場合において、当該大学が同条第二項の規定により当該大学に入学させた者を含む。)で、三年以上、文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとして、文部科学大臣の認定した学校又は次の各号に掲げる者の認定した当該各号に定める養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マツサージ指圧師、はり師又はきゆう師となるのに必要な知識及び技能を修得したものであつて、厚生労働大臣の行うあん摩マツサージ指圧師国家試験、はり師国家試験又はきゆう師国家試験(以下「試験」という。)に合格した者に対して、厚生労働大臣が、これを与える。

と定められていることから、免許制となっており、国家試験を受け、合格し、厚生労働大臣免許を取得しなければなりません。

なお、「あん摩マッサージ指圧師」、「はり師」、「きゆう師」、「鍼灸師」のほか、柔道整復師法で規定される「柔道整復師」は、法的な資格制度のある医業類似行為に分類されています。

 

◇ ◇ ◇

さて…

そもそも、古代より「仙丹は不老不死の霊薬である」とは誰が最初に言い始めたのでしょうか?
唐の皇帝は、何人もが丹薬の害により、命を落としたと言います。
薬と称して、密かに毒を盛り、それにより健康を害すると、物の怪の呪いによるものだとの噂を広める。。
犯人は皇帝の座を狙う者?それとも、、そこは陰謀渦巻く政治の世界。

真実は闇の中、ということでしょうか。

 

文中写真:尾崎雅嘉著『百人一首一夕話』 所蔵:タイラカ法律書ギャラリー

六法全書クロニクル~改正史記~平成8年版

平成8年版六法全書

平成8年版六法全書

 

この年の六法全書に新収録された法令に、
サリン等による人身被害の防止に関する法律法
(平成7年法律第78号。通称:サリン防止法)
があります。

サリン防止法は、
サリンの製造、所持等を禁止するとともに、サリン等を発散させる行為についての罰則、及びその発散による被害が発生した場合の措置等を定める法律です。

この法律は、平成6年に起きた松本サリン事件や、平成7年に起きた地下鉄サリン事件をきっかけに制定されました。
この法律が制定される以前には、サリンの製造や所持を直接禁止する法律は存在しませんでした。

一定以上の年代の方は、今でもこれらの事件を鮮烈に記憶されているのではないかと思います。そして、その多くの方は、この時初めて「サリン」という物質の存在を知ったのではないでしょうか。

  

平成8年警察白書によると、松本サリン事件は、世界で初めて、犯罪の手段として「サリン」が使用された事件だそうです。

それまで警察は、化学兵器に用いられるサリンが、犯罪の手段として使用されることを想定していませんでした。そのため、事件発生から数日間、原因物質を解明することができず、事故か犯罪かも判別することができませんでした。
また、原因物質がサリンであることが判明した後も、第一通報者が容疑者であるかのような報道が半ば公然となされるなど、捜査は迷走しました。
結果として、翌年の、同じオウム真理教教徒らによる地下鉄サリン事件の発生を未然に防ぐことができませんでした。

そして起きた地下鉄サリン事件。
営業運転中の地下鉄車両内で、同時多発的にサリンが散布され、乗客・乗務員、係員、さらには被害者の救助に当たった人々にも、死者を含む多数の被害者が出ました。
平時の大都市において無差別に化学兵器が使用されるという、当時世界にも類例のないテロリズムであったため、世界的に大きな衝撃を与えたと言われています。

 

この法律は、
サリン等(サリンと、サリン以上か、サリンに準ずる強い毒性を有する物質)の
①製造 ②輸入 ③所持 ④譲り渡し ⑤譲り受け を禁止している(3条)に加えて、
未遂罪や、予備行為や、資金や原材料の提供も、処罰することとしています(5条)。

1条から8条までしかない短い法律なのですが、この法律によって、ざっと、

サリン等発散罪
サリン等発散予備罪
サリン等製造罪
サリン等輸入罪
サリン等所持罪
サリン等譲渡罪
サリン等譲受罪
発散目的サリン等製造罪
発散目的サリン等輸入罪
発散目的サリン等所持罪
発散目的サリン等譲渡罪
発散目的サリン等譲受罪
サリン等製造予備罪
サリン等輸入予備罪
サリン等発散資金等提供罪
サリン等製造資金等提供罪
サリン等輸入資金等提供罪

以上の、17の罪名があるそうです。

ある物質が使われないようにするためには、こんなふうに、細かく規定を作って、
一つ一つ抜け道をふさぐ必要があるのですね。
なんだか、犯罪を犯す側と取り締まる側の、知恵比べのような感じがします。

そういえば、薬物犯罪でも
法律によってある薬物を規制すると、その薬物そのものではないが、類似した構造や作用を持つ新たな薬物が登場する、いたちごっこのようなことが繰り返されている、と聞いたことがあります。

近年では、インターネットの普及で、かつては一般人が入手できなかったような物質や知識を手に入れることが容易になりました。
そのため、ごく普通の顔をした一般市民でも、危険なものを製造することができてしまったりもするようです。

かといって、規制の網を広げてぎゅうぎゅう制限すればいいというものではなく、個人や企業の活動を制限し過ぎることも、また、あってはならないことです。

こうした事態に対応していくためには、私たちの側も
今、どんな危険があるのか、
どうしたら身を守れるのか、
インターネットやその他の最新の利器を使って、知識を蓄え、備えておかなければならないのかもしれません。

◇ ◇ ◇

改正された法令として収録されたものとして、
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
(昭和25年法律第123号。通称:精神保健福祉法)
があります。

かつて、日本では、精神疾患の治療はそのほとんどが加持祈祷などに頼ったものだったといいます。
明治8年になって、我が国に初めて精神病院が設置されましたが、その後も精神病院の建設はなかなか進みませんでした。
第二次世界大戦後の昭和25年に「精神衛生法」が制定されても、病床数は諸外国と比べて少ないままでした。

このような状況の中、平成5年に「障害者基本法」が制定され、精神障害者がその対象として明確に位置付けられたことを受けて、今回取り上げる改正がおこなわれました。

法律の題名も変わり、法の目的においても「自立と社会参加の促進のための援助」という福祉の要素を盛り込み、福祉施策の充実についても法律上の位置づけが強化されるなど、大きな変更が加えられています。

改正された法律の主な内容は、

①精神保健福祉センター(精神障害に関する相談や知識の普及等を行う)の設置
②地方精神保健福祉審議会・精神医療審査会の設置
③精神保健指定医の指定
④精神科病院の設置、指定病院の指定
⑤医療及び保護(任意入院、措置入院、医療保護入院)
⑥精神科病院における処遇等(入院中の行動制限、処遇の基準制定、定期の報告及び審査、改善命令など)
⑦精神障害者保健福祉手帳
⑧相談指導等(地域住民への啓発、精神保健福祉相談員の設置など)

などです。

おおむね、義務を課されているのは、国や地方公共団体、医療機関なのですが、国民の義務についても規定されているのをご存じでしたでしょうか。

それが以下の条文です。

(国民の義務)
第3条 国民は、精神的健康の保持及び増進に努めるとともに、精神障害者に対する理解を深め、及び精神障害者がその障害を克服して社会復帰をし、自立と社会経済活動への参加をしようとする努力に対し、協力するように努めなければならない。

みなさん、いかがでしょうか。
国民の義務を、果たせているでしょうか。

(自らの反省も含めて)日本では、まだどうしても、同質社会というか、
自分と違うところがある人を受け入れにくい面があり、「精神障害のある方が、ごく普通に社会に受け入れられている」
という状況は達成できていないように思います。

ところで、上記条文について、
「国民は、精神的健康の保持及び増進に努め(なければならない)」とか、
「努力に対し」とか、
なんとなくなのですが、精神障害になるのは自己責任だ、自助努力が第一だ、
というニュアンスを感じてしまい、なんだかなあ、と思ってしまいました。

精神障害になりたくてなっている人は、きっといないと思います。
生まれ持った性質や、環境などのせいで、そうならざるを得なかった人たちに、ちょっと酷ではないか、と感じます。

ただ、そうは言っても、
自分を一番に守れるのはやっぱり自分だし、
自ら社会復帰しようとしない人のお尻を叩いて復帰させようとしても無理、
というのも事実かもしれません。

働き方改革が叫ばれる昨今。
自分にも優しくして自らの精神衛生を守りつつ、周囲の困難を抱えた方を、ごく自然な形で受け入れ、手助けできる社会になれば、本当に素敵だなと思います。