法律古書を探してみた-新律綱領等編-

この度、弊所ギャラリーに新しい蔵書が加わりました。
本日はその3種類についてご紹介いたします。

  

◇ ◇ ◇

 

…と言いたいところですが、
まずは、日本における法律の歴史について少しお話したいと思います。

古代日本において、法律にあたるものは「律令」です。
それぞれの内容は、

律:犯罪と、それに反した場合の刑罰を定めた法
令:政治をおこなう際の決まりを定めた法

であり、
律は刑法、令は行政法をはじめとする刑法以外の法律
ということになります。

 

日本では、唐の制度を参考に、奈良時代に律令制度が導入されました。
実際の存否に諸説あるものもございますが、日本で定められた律令をご紹介すると以下のとおりとなります。

①668年完成 近江令
②689年施行 飛鳥浄御原令
③701年制定 大宝律令
④757年施行 養老律令

(・・・なんだか学生時代を思い出す単語ばかりですね)

養老律令の施行後、その欠陥を補うため追加法の施行はされたものの(のちに事実上廃止)、特に廃止法令は出されず、また律令の編纂がおこなわれなかったことから、形式的にはなんと明治維新期まで存続しました。

 

そんな状態で明治維新が起こり、江戸幕府による大政奉還後、刑法について当分の間幕府の旧制によることとなりました。

明治政府の樹立直後、1868年(明治元年)に定められた刑法が「仮刑律」です。
その名のとおり、急いで「仮」に作られ、あくまで方針を示した政府内の準則であったため、内容も到底明治維新の思想に沿うようなものではなかったようです。そのためか、公布も施行もされませんでした。

 

その後、1871年(明治3年)10月に「新律提綱」ができあがりましたが、これが同年12月に「新律綱領」として頒布されました。

 

新律綱領は全6巻8図14律192条から成ります。
(今回、蔵書に加わったのは1巻、3巻、4巻です)


こちらでは正刑として五刑(笞罪・杖罪・徒罪・流罪・死罪)が規定されましたが、華族や士族に対しては閏刑を採用したり(僧侶・官吏にも準用)、類推適用や遡及効を認めるなど、まだまだ前時代的なものであったようです。

正刑:
笞杖徒流死(ちじょうずるし)は中国の律における基本的刑罰で、日本の律では「五罪」として導入。大宝律令・養老律令でも定められていた。

閏刑(じゅんけい):
特定の身分の者に対して、正刑に代え寛大な刑を課すこと。

実際に書籍を開くと、まずは「上諭」。
これは天皇の裁可を示す言葉で、現在の日本国憲法が施行される前の日本において、天皇によって制定・公布される法律等の初めに付されていました。

 

ページをめくっていくと、
どの罪に対して、笞あるいは杖でどの程度罰を与えるのか
また、笞や杖やどういった物を使用するのかが詳細に書かれています。

 

 

 

さらに、新律綱領を補充・修正するとして「改定律例」が頒布されました。
こちらは全3巻とのこと。(蔵書は1巻、2巻となります)


新律綱領に比べ、より西洋法からの影響がみられる内容となっており、その大きな特徴として以下の2点が挙げられます。

・条文に番号をふる「逐条形式」を採用
・笞罪、杖罪、徒罪、流罪を「懲役」に

記載形式が変わったことで、ぐっと現代の法律に近づいた印象を受けます。

 

 

このように赤が入れられている箇所も複数ありました。
改正等の補足なのでしょうか。

 

 

こうした経緯を経て、1882年(明治15年)1月「刑法」が施行されました。
これが、いわゆる「旧刑法」。現行刑法の一つ前のものです。
日本政府が招聘したフランスの法学者・ボアソナードにより起草され、フランス法の影響が非常に強いものとなりました。

この「刑法早わかり」では、条文にフリガナ、さらに挿絵が入れられており、まるで教科書のような工夫がなされています。
なんとこの挿絵、明治時代の浮世絵師・歌川国利によるものとのこと。
こんなところで活躍を目にすることができるとは、驚きました。

 

 

個人的には、こちらの挿絵が目にとまりました。
浮世絵の雰囲気で汽車が描かれており、面白い組み合わせだと感じます。

 

 

そして、1908年(明治41年)、現在の刑法が施行されました。
主な改正点として以下があげられています。

・重罪、軽罪および違警罪の区別を廃し、違警罪にあたる軽微な犯罪を刑法典から削除したこと

・罰の種類を減じ、主刑のうち徒刑、流刑、禁獄を廃止して、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留および科料とし、付加刑を没収のみとしたこと

・各犯罪の構成要件を抽象化、簡約化して、犯罪類型の細分化をやめ、法定刑の幅を広くすること等により、裁判官に、広範な裁量の余地を与えたほか、刑の執行猶予に関する規定を設け、明治38年の「刑ノ執行猶予ニ関スル法律」を廃止したこと

 

このように順をたどってみると、
「新律綱領」も「改定律例」も、その内容は「歴史上のもの」という色が濃いように思いますが、現行刑法のすぐ前に定められたものなのです。
そう考えると一気にリアリティを感じますし、
一方、養老律令等からの繋がりを考えれば、やはり歴史的なものを感じます。

現在も、私たちの暮らしに沿うよう改正が重ねられている法律ですが
ずっと先の未来、
「令和の時代はこんなことが法律で定められていたなんて」
「いまでは到底考えられない・・・」
なんて思われてしまうのかもしれないですね。

 

◇ ◇ ◇

 

ということで、今回は新しく仲間入りした蔵書をご紹介いたしました。
引き続き、興味深い書籍を見つけてまいりたいと思います。

 

 

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参考:
Wikipedia
コトバンク
法務省HP「犯罪白書」「法史の玉手箱

法律古書を探してみた-六法全書 戦前発行編-

度々ご紹介をしておりますが、
タイラカ総合法律事務所には、法律古書のギャラリーがございます。

タイラカ総合法律事務所HP・ギャラリーについて

 

六本全書クロニクルの記事などでもご紹介しているとおり、
大きな目標は

有斐閣の出版する六法全書をすべて揃えること

ですが、これに限らず様々な六法全書を収集しております。

 

さて、本日は戦前の六法全書について。 

今年の連続テレビ小説は「法曹」が舞台ということで、
携わっている方は特に注目していることかと思います。

日本で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにした物語で、
その舞台は昭和6年(1931年)の東京です。

過去の放送回では、主人公の母が六法全書を購入する展開が話題となりました。

この六法全書、
作中では当然のことながら、当時における最新のものですが
現在からすれば、戦前の六法全書ということになります。

弊所ギャラリーにも、戦前に出版された六法全書を所蔵しております。

 

 

その中でも、特に古い出版のものをご紹介したいと思います。

それがこちらの2冊です。

 

左からご紹介すると、

一冊目は、濟美館による明治32年発行「日本六法」。

 

金額は80銭とありますが、当時は1銭=200円程度と仮定すると
決して安くはありません。しっかり重みのある値段だったことが分かります。

また、有斐閣が「帝国六法全書」を刊行したのが 明治34年(1901年)ですから、それよりも前のものとなります。

 

二冊目は、法律書房による昭和35年発行「新形軽便 帝国六法全書」。

 

  

有斐閣「帝国六法全書」刊行により、六法全書の出版が活性化したのではないかと想像するところです。

 

次いで古い年のものが、こちらの3冊。
ずっしりとした「六法全書」感があるのは、こちらでしょうか。

 

いずれも有斐閣による出版のものとなります。
左から順にご紹介いたしますと、

・明治41年発行版(過去の記事でもご紹介しています)
・大正元年発行版
・大正5年発行版

あたりが発行年の古いものになります。 

 

ちなみに、
大正5年発行版は箱付きの状態で弊所にやってまいりました。

 

そのためか、保存状態も良く
小口部分にインデックス代わり?の記載が残っていたり


天部分には金色の加工が残っていたり、
(汚れや虫から本を守るためにされたもので、「天金加工」「金付け」などと呼ぶそうです。(Wikipedia参照))

 

背表紙の金刷りも綺麗に残っています。

 

また、古い六法全般に言えることですが、
現在の六法全書に比べるとかなりコンパクトで、まさに手のひらサイズです。

少し話はそれますが、
そのサイズ感から、まさに「ポケット六法」と言えるのでは…などと考えていましたところ、有斐閣ウェブサイトによれば、これよりさらに小さな、携帯用の「袖珍 六法全書」が存在したとのことでした。

 

◇ ◇ ◇

 

さて、話を連続テレビ小説に戻しましょう。

冒頭でも触れたとおり、
今回のヒロインは、日本で初めて女性弁護士になった、三淵嘉子さんという方がモデルとのことです。
(当時、三淵さんの他に女性の合格者は2名。計3名の女性弁護士が誕生しました)

それではなぜ、「日本で初めて」の「女性弁護士」が誕生したのでしょうか。
その答えは、弁護士法にあります。

 

弁護士の起源は、明治26年(1983年)に「弁護士法」(明治26年3月4日法律第7号)が制定されたことによります。
(それまでは、前身として、フランスに倣い創設された制度に基づく「代言人」という地位が存在していました)

制定当時の条文を見てみると、第1章「辯護士の資格及び職務」において、以下の内容が定められています。

第2条 辯護士タラムト欲スル者ハ左ノ条件ヲ具フルコトヲ要ス
第1 日本臣民ニシテ民法上ノ能力ヲ有スル成年以上ノ男子タルコト
第2 辯護士試験規則ニ依リ試験ニ及第シタルコト

 

「帝国六法全書」(有斐閣、明治41年)より

 (条文全体は、国会国立図書館デジタルコレクション「法令全書 明治26年」でも確認することができます。)

 

今では到底考えられませんが、
性別により職業が制限されるということが、ここまで明確に、しかも法律に記されていたのですね。

その後、婦人参政同盟による「婦人弁護士制度制定ニ関スル件」の帝国議会衆議院請願などを経て、昭和8年(1933年)、弁護士を男性に限定していた条文は次のとおり改正されました。

帝国臣民ニシテ成年者タルコト

 

「新体 六法全書 昭和16年版」(厳松書店)より

(条文全体は、国会国立図書館デジタルコレクション「官報(昭和8年5月1日、第1896号)」でも確認することができます。)

 

文字だけで追うと、遠い歴史の話のようですが
実際、その時代を過ごした六法を手にしてみると、三淵さんをはじめ、今より多くの制限がある中で活躍された方々に敬意を払わずにはいられません。

こうした背景を踏まえると、作品もより味わい深くなるのでは…
ということで、今回は簡単に弁護士法についてお伝えしました。

また機会がありましたら、
六法全書、法律古書に関するストーリーをお届けできればと思います。

 

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参考:
日本弁護士連合会「特集1 男女共同参画と弁護士
東京弁護士会「歴史としくみ

法律古書を探してみた-六法全書 復刊版編-

タイラカ総合法律事務所には、法律古書のギャラリーがございます。

タイラカ総合法律事務所HP・ギャラリーについて

 

様々な時代の、様々な法に関する書籍を収集していますが
そのなかでも、

有斐閣の出版する六法全書をすべて揃えること

を、大きな目標としております。

 

これまでもコツコツと六法全書の収集に励んでまいりましたが、
この度、新たに昭和23年発行のものが加わりました!

こちらの記事でもふれましたが、

1901年に『帝國六法全書』を刊行。昭和になってから刊行を中断したが、1948年に、創業70周年事業として『六法全書』の刊行を再開した。
Wikipediaより)

とありますように、六法全書の始まりは1901年に刊行された「帝國六法全書」のようです。しかし、恐らく戦争で刊行を続けるのが難しくなってしまったのでしょう。
戦後、1948年(昭和23年)復刊の折には、新しい時代に向かっていく日本と共に、六法全書も新たな再スタートを切ったのですね。
今回入手した昭和23年発行版は、今日我々がお世話になっているそんな六法全書の再開時の「初代」といえるものです。

ちなみに、元祖の「帝國六法全書」も弊所ギャラリーに蔵書がございます。
1908(明治41)年に発行されたもので、戦前の貴重な一冊です。

現在の六法よりもかなり小さい、手のひらサイズです。

この頃は「●●年版」といった年次の発行ではなく、訂正や改訂を重ねていたよう。
弊所ギャラリーの蔵書は「訂正増補改版15版」。編纂者の熱意が伺える数字です。

 

少し話がそれましたが、昭和23年の六法全書がこちら。

時代を乗り越えてきた感がありますね。

 

表紙には凹凸をつけた印刷で「六法全書」と書かれており、
(うっすら見えますでしょうか?)

 

中表紙には「創業七十周年記念出版」との文字が。

この一冊が「はじまり」だと思うと、何だか感慨深いものがあります。

 

ちなみに・・・
弊所ブログでは、年毎に制定・改定された法律についてもご紹介しています。

六法全書クロニクルシリーズ

昭和23年版についても追ってアップされる予定ですので、
ぜひそちらをお楽しみに。

 

◇ ◇ ◇

 

創業70周年という節目に、何か他のこともおこなっていそう…
そう思い調べてみたところ、現在の社章が制定されたのもこのタイミングでした。

現在の社章は創業70周年に制定されました。獣の王といわれる獅子と,鳥の王といわれる鷲を題材にしたもので,それは,社会科学から,やがては人文科学と自然科学の両分野における最高の権威ある書物を出版の目標としよう,といった意味が含まれております。さらに,獅子には赤色,鷲には青色を配し,それは動脈と静脈をあらわしており,静かな中にも動的なもの,動的な中にも静かなもの,両者の融合と活動によって生々脈々の発展を意図したものでもあります。
有斐閣HPより)

 

社章に使われている獅子と鷲ですが、なんとゆるキャラ化もされています…!

 

有斐閣が出版している、

判例の読み方 — シッシー&ワッシーと学ぶ
(青木人志 (一橋大学教授)/著)

という書籍の登場キャラなのですが、なんと社員さんの落書きをもとにデザインされたのだそうです。素敵なアイデアですよね!

なんとも言えない表情とポージング、個人的には非常に好きです。
グッズがあったら思わず買ってしまそう!

このゆるキャラ、当時かなり話題になったそうですが、有斐閣のような歴史ある企業がこうした遊び心をもち、利用者を楽しませてくれるなんて、とても素晴らしいことだと思います。

実際のシッシー&ワッシーの姿をぜひチェックしてみてください。
私も読んでみようと思います!

 

◇ ◇ ◇

 

というわけで、無事に創刊版は入手できたわけですが
実は抜けてしまっている年度がいくつかあります。

以前書店で教えていただいたように、
六法全書は法律古書のなかでも流通が少ないという事情があります。

これまでなかなか蔵書に加えることができなかった年度版もありましたが、それぞれ良いタイミングやご縁でめぐり会っていますので、また次も気長に待とうと思います。