「TC」という言葉をご存知でしょうか?
「Therapeutic Community(セラピュティク・コミュニティ)」の略で、「治療共同体」などと訳されます。薬物依存者や犯罪者の更生に用いられる、心理療法的アプローチのひとつです。
アメリカには、世界的に知られるTCとして「Amity(アミティ)」があります。
アリゾナ州を拠点としており、薬物・アルコール依存症者を主な対象としていますが、2018年からは出所後の終身刑受刑者の社会復帰施設の運営などもおこなっているようです。
日本では、島根あさひ社会復帰促進センター(以下「島根あさひ」)において、「TCユニット」と呼ばれる更生特化プログラムがおこなわれています。
そうはいっても、被収容者全員が対象とされるわけではありません。
このプログラムを受けることができるのは、希望する受刑者のうち、面接やアセスメントで許可を得た、わずか30~40名程度です。アミティのカリキュラムのほか、認知行動療法も導入しており、受講生たちは半年から2年程度の間、生活を共にしながら、週12時間程度のプログラムを受けていきます。
<島根あさひ社会復帰促進センター>
島根県浜田市にある、2008年10月に解説された男子受刑者を収容する施設です。
2000年代後半に開設された4つの「PFI刑務所」のひとつで、犯罪傾向の進んでいない男子受刑者2000名を対象としています。
「PFI」はPrivate Finance Initiative、官民協働運営の刑務所を意味します。
これは1992年にイギリスで生まれた行財政改革の手法ですが、日本では1999年7月公布のPFI法の施行以降に活用が始まりました。
現在、日本には島根あさひを含む4つのPFI刑務所が存在します。
島根あさひでは、国の職員約200名に加え、民間の職員約350名が働いており、「刑務所」ではなく「社会復帰促進センター」と呼ばれるのも、特徴のひとつです。
学校のような外観・内装や警備システム、IT技術の活用された管理等、私たちがステレオタイプ的に抱いている「刑務所」のイメージを大きく覆すような施設です。
(島根あさひHP「センターの特徴」)
以前、当ブログでふれた監獄法の改正とも大きく関わっている点ですね。
今回は、その島根あさひを舞台としてTCの取組みを取材した映画「プリズン・サークル」をスタッフ2名で観てまいりました。
今回鑑賞した「プリズン・サークル」は、島根あさひにおける「TCユニット」を受講する4人の受刑者を主人公とし、2年にわたり密着した作品です。
監督・制作・撮影・編集をされたのは坂上香さん。ドキュメンタリー映画監督であり、制作活動をしながら、刑務所等に収容される人々を対象に映像・アートを用いたワークショップもおこなっているそうです。
この作品は取材許可が下りるまで6年、撮影に2年、公開までにおよそ10年の年月を要したと言います。
作品は、刑務所は従来「こういうところ」であるが、島根あさひは「こんなところが新しい」という説明、そして主人公となる若い4人の受刑者がTCに参加するところから始まっていきます。
既に述べたとおり、島根あさひは従来の「塀の中」というイメージを覆すもの。
明るい施設内や新しい管理システムを見ると、一瞬刑務所が映されていることを忘れそうですが、受刑者の丸刈り頭や、定められたであろう規律ある動きを見ていると、「あ、刑事施設だったっけ…」と気づかされます。
TCでは、依存症などの問題を症状と捉え、問題を抱える当事者を治療の主体とする。コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合い、新たな価値観や生き方を身につけること(ハビリテーション)によって、人間的成長を促す場とアプローチ。
(公式HPより)
と説明されるように、TCユニットでは受刑者らが円(サークル)になってグループワークをおこないます。支援員と呼ばれる臨床心理士らが提示する様々なテーマに沿って考え、伝えたり、聞いたり、促したりと、コミュニケーションを図りながら、自分自身ないし周りの受刑者と向き合うのです。
法律事務所に勤務していても(取り扱う業務によりますが)、なかなか知る機会のある世界ではありません。2時間以上に及ぶ映像の中で、初めて知ること、考えさせらえることは多々ありました。
(※以下、内容についての記載があります。)
印象的だったのは、
受刑者に対する支援員の方たちの接し方が非常に柔らかいものだったこと。
刑務所内って(もちろん意味あってのことだと思いますが)、有無を言わさぬの対応・口調のイメージがありますよね。
しかし、支援員たちは受刑者のすぐ近くで、目を見ながら敬語で「○○さん」などと話します。プログラム中、受刑者同士は名前で呼び合い、自由に会話することも可能です。
普段の生活なら当たり前のことが、刑務所という空間においては非常に特別なことであるように感じました。
このことは、受刑者自身にも大きく影響しているようです。
インタビューのなかでも、「支援員が目を見て話してくれるのは嬉しい」「人として尊重されている感じがする」といったような発言がありました。
例え罪を犯してしまい、実刑を受けながら過ごさねばならないとしても、人として「大切」にされる(ように感じる)時間があることは、受刑者本人が自身の罪と向き合ったり、社会復帰に向けて気持ちが動く重要なきっかけになるのではないか、と強く感じました。
その他に印象的だったのは、受刑者の過去を題材としたワークショップを多くおこなっていたことです。
この映画で主人公とされた4人には、育児放棄や虐待・いじめ・貧困など、同じような人を集めたのでは?と思ってしまうくらい、共通するバックグラウンドがあります。彼らがおこなった犯罪行為は、こうした背景が積み重なった先にあるものなんですね。
TCでは、とことんその「過去」と対峙させます。
支援員が話を聞いたりブレインストーミングを助けることもありますが、ここでのポイントは、同じような状況にあった他の受刑者とグループワークをおこなうことにあると思います。
こうした教育を受けさせ、自らの罪や、これからの人生に直面させることは、かえって厳しいことかもしれません。刑務所の中で、何も考えずに時(刑期)を過ぎるのを待つだけのほうが、もしかしたら楽なのかも…
だからこそ、その時感じた気持ちを伝え、共有できるのが同じ境遇にある人達であることは、TCのプロセスにおいて大きな助けとなるのではないでしょうか。
一方で、被害者側にすれば、こうした取り組みや、その過程にある彼らの言動を受け入れることは難しいのでは、とも感じました。
ワークショップ内では、罪を罪と感じていない(感じることができていない)という告白があったり、自分の罪どころか物事と向き合うことを諦めてしまっている受刑者たちの姿もありました。
被害を受けた方たちにすれば、様々な感情が駆け巡ることと思います。こうした点も、TC受講者が限られる理由のひとつなのかもしれません。
しかし、TCを受講できなかった受刑者たちも、刑期を終えれば「社会復帰」をしなければならないわけです。被害にあわれた方を含め、私達が安心して暮らすためにも、やはりこうした支援は必要不可欠なのではないでしょうか。
TC受講の機会を得られなかった受刑者たち、また犯罪傾向が進んでいるとされTC受講の対象とならなかった受刑者たちに対しては、どのような取り組みがされているのかも気になります。そこを知ることも、大きな一歩となるかもしれません。
作中では、TC出身の出所者たちの姿も描かれています。
一部の方たちは、出所後も支援員らと連絡を取り合い、定期的にミーティングをおこなっているのだそうです。映像では、食事をしながら、出所者らが近況や今後の目標についての報告などをする様が映し出され、それぞれが奮闘している様子に支援員が涙する瞬間などがあり、また殆どの方が顔を出している(モザイクがかけられていない)ことにも驚きました。
皆順調に生活しているかと思いきや、なかには思ったような社会復帰を果たせず、悩み、やや投げやりになってしまっているTC出身者の姿もありました。
その人に対して厳しい言葉を投げかけるのは、他のTC出身者です。支援員はそのやり取りを見守ります。
こうしたコミュニケーションもTCの効果のひとつかもしれない、と感じました。
こうしてPFI刑務所やTCの存在を知ると、
「もっとやればいいのに」と多くの方が感じることだと思います。
PFI刑務所については、今のところ運営に支障をきたすような事故の発生はなく、また「地域との共生」といった運営理念も実現されているようです。
しかし、官民協働であるからこその課題もあり、特に業務実施にあたっては以下の点が挙げられています。
・オペレーションの複雑化
遠隔監視による受刑者の独歩移動や遠隔操作による扉の施錠・開錠など、一般の刑事施設に比べてオペレーションが複雑になっているため、官民ともに保安警備業務に従事する職員がその仕組みを十分理解した上で勤務にあたる必要がある(現に扉が未施錠のまま放置されるような事態が発生している)。
・職員のスキルアップ等
一般の刑事施設で刑務官や教育専門官等の国職員が実施している業務を、民間事業者が実施しているため、社会復帰促進センターで採用された国職員の基礎的スキル向上を図ることが難しい面がある。
・考え方の相違等
官民間の業務実施上の立脚点の違いから、国・民間の職員の間で物事の捉え方に相違がある場合があり、同一の業務について評価が異なることがある等。
(法務省HP「PFI手法による刑事施設の運営事業の在り方に関する検討会議(骨子)」より)
TCの導入については、支援員不足が挙げられています。
元センター長のコメントによれば、当初は収容者全員にTCを受講させる動きがあったようですが、支援員不足から実現が難しかったそうです。
映画では撮影上の制約から支援員に焦点が当てられていませんが、彼らの働きは実に大きいのだそうです。
どこでも人材不足は問題視されますが、ここでも大きな課題なのですね。
また、TC出身者の再入所率は、他のユニットに比べ半分以下であるという調査結果もあります。その点については「犯罪傾向の進んでいない受刑者たちが対象だから(少なくて当然)」といった意見もあるようですが、この映画を見ると、TCという取組みが一部の受刑者においては確実に作用していることが分かります。
「刑務所」という場所はかなり閉塞的なイメージですし、業務上の都合やプライバシーの観点などから、そうであるべきとも考えられます。
だからといって”関係ない世界”と断ち切るのではなく、社会全体の課題として認識することが大切であるように感じました。
私事ですが、日本のドキュメンタリー映画は”暗くて重苦しい、問題意識の押し付け”というイメージによる苦手意識から、これまで食わず嫌いで過ごしてきました。
でも、「プリズン・サークル」にはフラットさを感じました。作者の信念は確固たるものであると思いますが、伝え方は割と冷静であるかなと。。。
今回の鑑賞を経て、新しいジャンルについて知ることの大切さも再認識させられた気がします。
こうしたジャンルや、ドキュメンタリー映画を普段見ない方にこそおすすめです。
ひとつ疑問が残るとすると、色についてです。
映画ポスターでも見られますが、椅子や衣服で黄色が使われており、何だかとっても印象に残ったのです。
何か効果を狙ったものなのか、今も気になっています。。。