六法全書クロニクル~改正史記~平成8年版

平成8年版六法全書

平成8年版六法全書

 

この年の六法全書に新収録された法令に、
サリン等による人身被害の防止に関する法律法
(平成7年法律第78号。通称:サリン防止法)
があります。

サリン防止法は、
サリンの製造、所持等を禁止するとともに、サリン等を発散させる行為についての罰則、及びその発散による被害が発生した場合の措置等を定める法律です。

この法律は、平成6年に起きた松本サリン事件や、平成7年に起きた地下鉄サリン事件をきっかけに制定されました。
この法律が制定される以前には、サリンの製造や所持を直接禁止する法律は存在しませんでした。

一定以上の年代の方は、今でもこれらの事件を鮮烈に記憶されているのではないかと思います。そして、その多くの方は、この時初めて「サリン」という物質の存在を知ったのではないでしょうか。

  

平成8年警察白書によると、松本サリン事件は、世界で初めて、犯罪の手段として「サリン」が使用された事件だそうです。

それまで警察は、化学兵器に用いられるサリンが、犯罪の手段として使用されることを想定していませんでした。そのため、事件発生から数日間、原因物質を解明することができず、事故か犯罪かも判別することができませんでした。
また、原因物質がサリンであることが判明した後も、第一通報者が容疑者であるかのような報道が半ば公然となされるなど、捜査は迷走しました。
結果として、翌年の、同じオウム真理教教徒らによる地下鉄サリン事件の発生を未然に防ぐことができませんでした。

そして起きた地下鉄サリン事件。
営業運転中の地下鉄車両内で、同時多発的にサリンが散布され、乗客・乗務員、係員、さらには被害者の救助に当たった人々にも、死者を含む多数の被害者が出ました。
平時の大都市において無差別に化学兵器が使用されるという、当時世界にも類例のないテロリズムであったため、世界的に大きな衝撃を与えたと言われています。

 

この法律は、
サリン等(サリンと、サリン以上か、サリンに準ずる強い毒性を有する物質)の
①製造 ②輸入 ③所持 ④譲り渡し ⑤譲り受け を禁止している(3条)に加えて、
未遂罪や、予備行為や、資金や原材料の提供も、処罰することとしています(5条)。

1条から8条までしかない短い法律なのですが、この法律によって、ざっと、

サリン等発散罪
サリン等発散予備罪
サリン等製造罪
サリン等輸入罪
サリン等所持罪
サリン等譲渡罪
サリン等譲受罪
発散目的サリン等製造罪
発散目的サリン等輸入罪
発散目的サリン等所持罪
発散目的サリン等譲渡罪
発散目的サリン等譲受罪
サリン等製造予備罪
サリン等輸入予備罪
サリン等発散資金等提供罪
サリン等製造資金等提供罪
サリン等輸入資金等提供罪

以上の、17の罪名があるそうです。

ある物質が使われないようにするためには、こんなふうに、細かく規定を作って、
一つ一つ抜け道をふさぐ必要があるのですね。
なんだか、犯罪を犯す側と取り締まる側の、知恵比べのような感じがします。

そういえば、薬物犯罪でも
法律によってある薬物を規制すると、その薬物そのものではないが、類似した構造や作用を持つ新たな薬物が登場する、いたちごっこのようなことが繰り返されている、と聞いたことがあります。

近年では、インターネットの普及で、かつては一般人が入手できなかったような物質や知識を手に入れることが容易になりました。
そのため、ごく普通の顔をした一般市民でも、危険なものを製造することができてしまったりもするようです。

かといって、規制の網を広げてぎゅうぎゅう制限すればいいというものではなく、個人や企業の活動を制限し過ぎることも、また、あってはならないことです。

こうした事態に対応していくためには、私たちの側も
今、どんな危険があるのか、
どうしたら身を守れるのか、
インターネットやその他の最新の利器を使って、知識を蓄え、備えておかなければならないのかもしれません。

◇ ◇ ◇

改正された法令として収録されたものとして、
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律
(昭和25年法律第123号。通称:精神保健福祉法)
があります。

かつて、日本では、精神疾患の治療はそのほとんどが加持祈祷などに頼ったものだったといいます。
明治8年になって、我が国に初めて精神病院が設置されましたが、その後も精神病院の建設はなかなか進みませんでした。
第二次世界大戦後の昭和25年に「精神衛生法」が制定されても、病床数は諸外国と比べて少ないままでした。

このような状況の中、平成5年に「障害者基本法」が制定され、精神障害者がその対象として明確に位置付けられたことを受けて、今回取り上げる改正がおこなわれました。

法律の題名も変わり、法の目的においても「自立と社会参加の促進のための援助」という福祉の要素を盛り込み、福祉施策の充実についても法律上の位置づけが強化されるなど、大きな変更が加えられています。

改正された法律の主な内容は、

①精神保健福祉センター(精神障害に関する相談や知識の普及等を行う)の設置
②地方精神保健福祉審議会・精神医療審査会の設置
③精神保健指定医の指定
④精神科病院の設置、指定病院の指定
⑤医療及び保護(任意入院、措置入院、医療保護入院)
⑥精神科病院における処遇等(入院中の行動制限、処遇の基準制定、定期の報告及び審査、改善命令など)
⑦精神障害者保健福祉手帳
⑧相談指導等(地域住民への啓発、精神保健福祉相談員の設置など)

などです。

おおむね、義務を課されているのは、国や地方公共団体、医療機関なのですが、国民の義務についても規定されているのをご存じでしたでしょうか。

それが以下の条文です。

(国民の義務)
第3条 国民は、精神的健康の保持及び増進に努めるとともに、精神障害者に対する理解を深め、及び精神障害者がその障害を克服して社会復帰をし、自立と社会経済活動への参加をしようとする努力に対し、協力するように努めなければならない。

みなさん、いかがでしょうか。
国民の義務を、果たせているでしょうか。

(自らの反省も含めて)日本では、まだどうしても、同質社会というか、
自分と違うところがある人を受け入れにくい面があり、「精神障害のある方が、ごく普通に社会に受け入れられている」
という状況は達成できていないように思います。

ところで、上記条文について、
「国民は、精神的健康の保持及び増進に努め(なければならない)」とか、
「努力に対し」とか、
なんとなくなのですが、精神障害になるのは自己責任だ、自助努力が第一だ、
というニュアンスを感じてしまい、なんだかなあ、と思ってしまいました。

精神障害になりたくてなっている人は、きっといないと思います。
生まれ持った性質や、環境などのせいで、そうならざるを得なかった人たちに、ちょっと酷ではないか、と感じます。

ただ、そうは言っても、
自分を一番に守れるのはやっぱり自分だし、
自ら社会復帰しようとしない人のお尻を叩いて復帰させようとしても無理、
というのも事実かもしれません。

働き方改革が叫ばれる昨今。
自分にも優しくして自らの精神衛生を守りつつ、周囲の困難を抱えた方を、ごく自然な形で受け入れ、手助けできる社会になれば、本当に素敵だなと思います。