六法全書クロニクル~改正史記~平成7年版

平成7年版六法全書

 

この年の六法全書に新収録された法令に、
製造物責任法(平成6年法律第85号。通称:PL法)
があります。

「製造物」の「欠陥」が原因で損害を被った場合に
被害者が「製造業者等」に対して損害賠償を求めることができる
ことを規定した法律です。

損害賠償を求めようとする場合、一般的には
民法709条(不法行為による損害賠償)の規定

故意又は過失によって
他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、
これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

によることになるのですが、

この場合、被害者(ユーザー)は、加害者(メーカー等)に故意・過失があったことを証明しなければなりません。

しかし、専門知識のない消費者が、故意・過失を証明することは、困難です。

そこで、損害賠償責任を追及しやすくするために、
「製造業者等に過失(主観的要件)があったこと」ではなく、
「製造物に欠陥(客観的要件)があったこと」を証明すれば、
損賠賠償を認めることとしたのが、PL法です。

 

もう少し具体的に言うと、
「メーカーの設計や製造過程にミス(過失)があって、損害が生じた」
ことを証明しようとした場合、

メーカー側が
「自分たちは十分に注意して作っていた、結果的に損害が生じたとしても、自分たちのせいではない」と言い張ると、

被害者側としては、
「メーカーが十分注意していなかった証拠」を提出しなければならないのです。

しかし、「注意していなかった証拠」と言われても、難しいですよね…
(工場で製造過程をずっと見張っていた訳でもないですし。)

一方、「製品に欠陥があったこと」の証明であれば、実際にその製品を示して
ここに突起がある、
だから刺さってケガをしたんだ、
などと欠陥(安全性を欠いていること)を証明しやすいと思いませんか?

そのような方法で、消費者側の保護を図っているのです。

先ほどもお伝えしたとおり、この法律の対象となるのは「製造物」の「欠陥」が原因で損害を被った場合で、損害賠償の相手方となるのは「製造業者等」ですが、
「製造物」とは、「製造又は加工された動産」のことで、不動産や電気、ソフトウェア、未加工の農林水産物は対象となりません。

「欠陥」とは、「通常有すべき安全性を欠いていること」で、
いろいろな事情を総合的に考慮して判断されます。


さて、「欠陥」の分類の一つに「指示・警告上の欠陥」という類型があります。
製造物から取り除くことが不可能な危険がある場合に、その危険に関する適切な情報を与えなかったときなどがこれに当たるとされています。
例えば、取扱説明書の記述に不備がある場合などが該当します。

PL法施行以降、例えば製品を包んでいるビニール袋に
「被らないでください。窒息のおそれがあります。」などと、
どうしてこんな注意書きが?
普通、そんなことはしないのでは?
と不思議に思うような注意書きが書かれているのを、よく見かけるようになりました。

あれは、この「指示・警告上の欠陥」をなくそうとしているせいなのですね。

しかし、あまりにもたくさん注意書きが書いてあると、かえって読むのが困難になったり面倒くさくなったりして、事故につながってしまうような気さえします。

製造者側としても、訴訟リスクを考えると、記載せざるを得ないのでしょうが…
本当に必要な注意がきちんと消費者に届くよう、そこにも注意を払っていただきたいものです。

 

◇ ◇ ◇

 

改正された法令として収録されたものとして、
商法(明治32年法律第48号)
があります。
(平成6年法律第66号「商法及び有限会社法の一部を改正する法律」による改正) 

この時の改正の目玉は「自己株式取得の緩和」でした。

株式会社は、自分が発行した株式を取得し、所有することができます。
これを「自己株式」というのですが、実はこの平成6年改正より前、日本の商法はごく例外的な場合(合併のときなど)を除き、原則として自己株式の取得を禁止していました。

というのも、自己株式の取得を認めれば以下のデメリットがある
と考えられていたからでした。

①「資本維持の原則(※)」に反するおそれがある
(※:株式会社を立ち上げる時、出資を募って資本金を集めますが、この集めたお金を、別のことに使ってしまわず、会社に維持しておかなければならないという原則)

②相場操縦やインサイダー取引に利用されるおそれがある

③「株主平等の原則」に反するおそれがある
(特定の株主からだけ自社株を買うと、それ以外の株主との関係で不公平になることもある)

④経営者が、会社のお金で自己株式を買って多数派工作をおこなうなどの、不正に使われるおそれがある

他方、経営側の立場からは、弾力的な企業経営のために自己株式の取得を認めてほしい、という要求がかねてからなされていました。

ごく単純化すると、自己株式の取得には、

会社が自己株式を買う
 ↓
市場に出回るその会社の株式の数が、その分少なくなる
 ↓
計算上、その会社の1株当たりの利益が増える
(自己株式には利益が配当されないため、計算から除外される。割る数が小さくなるので、利益の額が変わらなくても、計算結果(商)は大きくなる。)
 ↓
「会社の業績が良くなった」ように見えるので、株式市場で、その会社の株価が上がる

というメリットもあるのです。

先ほども述べたとおり、日本の商法はこのうちデメリットの方を重く見て、自己株式の取得をほとんど認めてきませんでした。
しかし、1990年代にバブル崩壊によって急激に株価が下がったことなどもあって、株式市場活性化の観点から、取得を緩和する方向に舵がきられたのでした。

 

平成6年の改正では、自己株式の取得・保有について、原則的には禁止を維持しながら、例外的に取得できる事由を、新たに4つ追加しました。

1. 使用人(従業員)に譲渡するための取得
2. 消却(株式を消滅させること)目的の取得
3. 閉鎖会社(その株式が市場で流通しない会社)の自己株式消却の特例
4. 有限会社の自己持分の取得

このうち、特に注目を集めたのは、1.と2.でした。
1.は従業員持株制度を後押しするためのもの、
2.は先ほどメリットの点で説明した、株式の数を減らし、1株当たりの利益を上げるためのものです。

ただ、
1.では、保有期間を6か月に限定
2.では、株主総会決議が必要とされた
などの制限がかけられていたことから、これら制度の利用は限定的なものにとどまりました。

そのため、その後も
・平成9年のストックオプション制度導入
・平成13年の金庫株(自己株式を消却せずに金庫にしまっておき、株価が上がったらまた市場に放出する)の解禁
などの改正が重ねられることとなりました。

しかし、そうではあっても、この平成6年商法改正は、それまで厳格な姿勢を崩そうとしなかった商法が初めて経営側に歩み寄った、画期的な改正であったと評価されています。

日常的に株取引をされている方には常識なのかもしれませんが、そうでない方にとって、“会社が自分の株を買う”というのは、あまり馴染みのない事象ではないでしょうか。
“自分で自分に出資する”なんて、(言葉が適切かどうか分からないのですが)なんだかマッチポンプ?のような印象を受けます。

今も一定の規制は残っているようですが、これまでお伝えしたように、ある程度会社の利益を多く見せる、といった操作もできてしまうようです。
そんなことができるのを知らないと、やけどすることにもなりかねません。

生活していく上で、法律の知識って大切なんだな、と思います。