第4回:役員の責任
【取締役(役員)の負う義務とは】
会社の業務について決定をする取締役(役員)。
Q. 会社を経営する(代表)取締役は、誰に対して責任を負うのか?
「会社」?「株主」?「役員」?「取引先」?
※取締役会非設置会社の場合、特定の代表取締役がいない場合もある。
会社法330条(株式会社と役員等との関係) 「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」 |
→「会社と役員(代表取締役、取締役を含む)の関係は『委任』だ」
民法644条(受任者の注意義務) 「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。」 |
→株主(会社)から委任を受けている「受任者」としての義務
受任者 =代表取締役
委任事務 =「会社を経営してくれ」
これに加えて…⇩
会社法355条(忠実義務) 「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」 |
ここで、会社法を学ぶにあたりワンポイント。
司法試験などの試験問題では、善管注意義務と忠実義務について、言葉が違うのか違わないのか、内容がどう違うのか、といったことが論点になる。結論としては、判決・判例において裁判所が何と言っているか、という話になる。
そこで、第1回目で扱った政治資金の判例を確認したい⇩
<最高裁判所昭和45年6月24日判決> ※政治資金寄付(会社の権利能力の範囲)の判決で取り上げられている論点 〔判決要旨〕 取締役が会社を代表して政治資金を寄附することは、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内においてなされるかぎり、取締役の忠実義務に違反するものではない。 〔判決文〕 「商法254条の2の規定は、同法254条3項民法644条に定める善管義務を敷衍し、 かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができない。 (中略) 取締役が会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたつては、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり、右の範囲を越え、不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべきであるが、原審の確定した事実に即して判断するとき、八幡製鉄株式会社の資本金その他所論の当時における純利益、株主配当金等の額を考慮にいれても、本件寄附が、右の合理的な範囲を越えたものとすることはできないのである。」 |
※会社法ができてまだ10年程。それ以前、株式会社について定めていたのは商法。
だからこの判例では商法に言及。会社法の条文は、商法からまるっと取り出したものもの。
結果は、寄附してもOK。
「右の範囲を越え、不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべき」…範囲とは?どこまでならOKなのか、基準を作らないと判断できない。
→やっていい・悪いの境目を決めるとき、ゆるくするか?厳しくするか?
取締役は忠実義務の条文があり、この条文があることによって、通常の委任関係による善管注意義務よりも会社に対して高度な義務を負っている。そのことから、株主側は「境目は厳しくしないといけないんじゃ?」と訴えた。しかし裁判所は、「いやいや、そんなの変わんないんで!一緒でいいでしょ。」とのこと。基準を定めはしたものの、この政治資金の件はその範囲を超えていないとされ、結果的にOKとなったのである。
⇩
善管注意義務と忠実義務は同じ、と判例が言っている。
【債務不履行(善管注意義務・忠実義務違反)】
取締役は注意義務を負う。
→義務に違反する
→「債務」不履行
→損害賠償請求
「義務」は違反したらどうなるのか?
刑法などはわかりやすい。やってはいけないことをしたら、罰がある。
民事法も罰が決まっていないと話にならない…?
⇩そこで参照すべき条文
民法415条(債務不履行による損害賠償) 「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」 |
これを株式会社と代表取締役の関係に置き換えて考えてみる。
「債権者(代表取締役/取締役)がその債務の本旨に従った履行(業務執行)をしないときは、債権者(株式会社)は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」
つまり、取締役がきちんと業務をしてくれなかったとき、会社は損害賠償請求することができる!
→大原則として、株式会社と役員の関係は「委任」という契約。
役員らはこれに即し、善管注意義務や忠実義務を負ったうえで、適切な経営をしなければならないのである。そして、ちゃんと経営をしなかったときには、株式会社は損害賠償請求が可能。
大原則さえあれば「それで十分」とされており、細かな違反について会社法には実はそんなに書かれていない。∵大原則だけ守ればOKで、後は自由にやっていいよ!というのが「よい社会」。
だが、一般的な規定だけだと、具体的に何をしたらいけないか、何をしていいかがわからない。困ってしまう。
そこで、「これだけはやったらだめ」ということを個別に決めている。
まず会社法が定めている取締役の規制について、大きく3つ。
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【利益衝突の回避】
すべての行為について、注意義務違反や忠実義務違反の条文(一般規定という)で解決をしても良いが、取締役等が義務違反を起こしやすいケースについてはあらかじめ法律でルール(規律)を決めておく。
会社法が定めている取締役への規制のうち、大きなものは次の3つ。
・競業取引(365条1項1号)
・利益相反取引(356条1項2号、3号)
・報酬等の決定(361条)
※いずれも承認を得る(株主総会、取締役会)必要があるなど、取締役自身が最終的に決めることはできない。そして、こういった特別な規定を包括して、一般規定としてあるのが注意義務・忠実義務の規定。
<ちょっとワンポイント> 日本では、一般的・抽象的にある法律があっているか・間違っているか、ということを裁判所に訴えかけることができない。法律が新しくできたときにも、「こんな法律を作っちゃだめだ!」と裁判所に訴えることはできないのである。 どういう状態ならそれが可能かというと、実際に揉めたとき・問題になったときである。つまり、裁判所が判決を下している内容というのは、基本的に(いや、ほぼ全て)具体的にトラブルがあった事例に関して解決・判断したものなのである。判決文を読むときは「なぜトラブルが起きたのか?」を考えながら読むと、その問題の背景にあったことが理解しやすい。 政治資金寄付の件も、「取締役がやっていいこと・悪いことを一般的・抽象的に決めてくれ!」と裁判所にお願いすることはできない。具体的にやられてしまったこと(寄附されてしまった事実)を、訴状に書かないと裁判所は判断してくれない。これが提出されて初めて、裁判所は判断してくれるのである。 |