企業と労働法の関係における大まかな論点
今回見ていくのは、労働組合等ではなく
企業と、個人としての「ひと」「労働者」との契約関係の話。
労働者はどれくらい守られているのか、
トラブルになる状況や事例はどのようなものがあるか、
について、過去の事例を具体的に紹介していく。
私達が避けては通れないのが、以下の点。
1.採用・就職 2.就業規則 (1)労働時間 (2)賃金・賞与(退職金) (3)配転・出向・転籍 (4)育児・介護休業 3.雇用差別 4.懲戒処分 5.退職解雇 6.非正規雇用 7.労働者の個人情報 8.労災 9.訴訟・紛争処理 |
これらと労働法の関係を見ていく。
1.採用・就職(労働契約の締結)
労働契約の締結→労働条件の明示義務
(※「聞いていた条件と違う」とならないように)
労働契約法6条(労働契約の成立) 「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」 |
労働契約法7条 「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」 |
働き始めるとき、労働条件は最初に伝えなければいけない。
なぜなら、「契約」だから。
少なくとも労働契約については、後から内容を決めることはしてはいけない。
⇒「労働力を買う」イメージでいると、判例は理解しづらい。
労働契約は「その人の時間を買っている行為」。
決めなければいけないのは、賃金と労働時間のみ。
「何をしなければいけないか」等、具体的な業務内容は契約書に書かれておらず、特に書かなくても良い。
働き始めてから、賃金を下げることはできないので、
企業側も条件の明示は大切。
※ただ全然働かない、仕事ができない等だと
査定などのタイミングで賃金が下げられることは当然ある。
労働基準法15条(労働条件の明示) 「1 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。 2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。 3 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。」 |
⇒これに準じて労働契約を締結し、条件が違った場合には即時解除できる。
…とはいえ、なかなか難しいのが現状。
裁判等をすれば勝てるが、だから何を得られるのか?というところ。
こうした採用条件等で揉めた事例が下記判例。
従業員は、最初に言われた条件と違う条件で働くことになってしまい
最初に言われた条件が有効かどうか、という点が争われた。
<東京高等裁判所平成12年4月19日判決> 〔判示事項〕 「1 中途採用者と使用者との間に、雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付けによる給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできないとして、右内容の雇用契約の成立したことを前提とする未払賃金請求が認められなかった例 2 求人広告、面接および社内説明会において、新卒同年次定期採用者の平均的給与と同等の待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、それを信じて入社した者に精神的衝撃を与えたとして、かかる説明が労基法15条1項(労働条件の明示)の規定に違反し、信義誠実の原則に反するものであって不法行為を構成するとして、その他の不法行為を総合考慮して慰謝料100万円の支払いが命じられた例」 〔判決文〕 「控訴人は、昭和56年に、早稲田大学理工学部を卒業して日産自動車株式会社に入社し、自動車エンジンの設計、品質管理、市場クレーム対策等の業務を担当してきたところ、平成3年ころから、仕事の幅を広げてゼネラリストを目指すべく、就職情報誌等により転職に関する情報を収集するなどして、希望にかなう転職の機会を窺っていた。 被控訴人は、従業員の人材の量的確保及び質的拡充が不可欠である一方採用環境が年々厳しくなっていること、今後の業務の拡大の中で他業種経験者からの人材確保が有用であることなどの認識に基づき、それまで臨時的に行ってきた中途入社者の採用を計画的に実施し拡充するとの方針を立て、平成3年4月、これを労働組合(全損保日新支部)に提案し、その運用基準等について協議した。その結果、同年7月8日、運用基準について合意に達してその実施につき組合の了解を得ることができたので、運用基準に基づき計画的な中途入社者の採用(以下「計画的中途採用」という。)を実施することを決定した。 運用基準(〈証拠略〉)においては、その基準適用者を30歳以上の者とし、職種、勤務地域限定の者(地域限定職型)以外の者(総合職型)の初任給の決定は、「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」ものとされた。また、その昇給考課の運用については現行のあり様を基本とするとされたが、最長滞留制度(同一格付に滞留する年数に限度を設ける制度)等の適用はしないものとされた。これらは、計画的中途採用が既存の新卒採用者の雇用条件に悪影響を及ぼすことを懸念する労働組合との関係をも考慮し、新卒入社後一定の年数内であれば同時入社者の間に格付の差がほとんどないが、一定の年数を超えると同時入社者間に格差が生ずるところ、中途入社者の初任給の格付を新卒同年次定期採用者の中位の者と同等に位置づけることは、社員全体の公平感、モラールを損なうおそれがあるとの判断によるものであった。なお、この運用基準の策定及び労使交渉には、近藤課長(以下「近藤」という。)が中心的立場で関わった。右労使間の合意が成立する直前、被控訴人は、計画的中途採用のため、就職情報誌「B-ing」平成3年6月27日号に求人広告を掲載した。」 「以上によれば、控訴人の人事担当責任者による控訴人への説明は、内部的に既に決定している運用基準の内容を明示せず、かつ、控訴人をして新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねないものであった点において不適切であり、そして、控訴人は、入社時において右のように信じたものと認めるべきである(もっとも、「同等」といっても、そこにはある程度の幅があり得るものであることを否定することはできない。)が、なお、被控訴人と控訴人との間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできない。」 「前記一に判示のとおり、被控訴人は、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、控訴人ら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌「B-ing」での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのため控訴人は、そのような給与待遇を受けるものと信じて被控訴人に入社したものであり、そして、入社後1年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる。 かかる被控訴人の求人に当たっての説明は、労働基準法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。」 「したがって、被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人と控訴人との雇用契約締結の過程における説明及び平成6年4月1日付けの配置転換の点において不法行為を行ったものと認めるべきであるところ、前記一1に認定した事実その他本件に現れた一切の事情を総合考慮して、被控訴人の右不法行為により控訴人が被った精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、金100万円をもって相当と認めるべきである。」 |
結果として、この会社が採用している制度に即している契約内容が認められ、
従業員の主張する金額で合意しているとは認められなかった。
しかし、会社が説明会でウソの説明をしていた点については、慰謝料が認められた。
⇒条件が違うからと辞めることは自由だが、
有利な条件を適用しろ、というのはなかなか難しいよう。
この辺が労働者の弱さ。